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上の方が新しい日付になっています。
最近は横着してFacebookの書き込みを転載させてもらってます。



2017年12月12日



昨年放送されたNHKのドラマ「トットてれび」に引き続き、テレビ朝日でも黒柳徹子原作で「トットちゃん!」が放送れれいて、今日「徹子の部屋」の第一回、森繁久彌がゲストの回が再現されていた。

写真一番上が1975の本物の「徹子の部屋」第一回。ギターを弾いているのはアントニオ古賀。(NET(現テレビ朝日)制作)
写真中は2016年の「トットてれび」。黒柳徹子に満島ひかり、森繁久彌に吉田鋼太郎、アントニオ古賀は不明。(NHK制作)
写真下が今日放送された「トットちゃん!」。黒柳徹子に清野菜名、森繁久彌に近藤真彦、アントニオ古賀はやっぱり不明。(テレビ朝日制作)

よく似たセットに青いソファー、黄色いチューリップ、首の長い花瓶などなど。比べる人などあまりいないと思われますが。
再現物って面白いですよね。


2017年9月5日



品川に行ってきました。男はつらいよ第33作「夜霧にむせぶ寅次郎 」で、寅が渡瀬恒彦の部屋で病気で寝ている中原理恵を迎えに行くシーンです。こういう普通あまり印象に残らないようなシーンのロケ地探すのが趣味なんですよね。困ったもんだ。


2017年9月2日



今日から始まったNHKのドラマ『植木等とのぼせもん』は植木の声が案外似ていた。研究してると思う。古澤憲吾監督や藤本眞澄プロデューサーの名前も登場。植木の奥さん役、優香の昭和美人っぷりもよかった。


2017年8月24日



近所に電設関係の会社があり、古い街路灯が廃棄されていた。おそらく廃棄。
この街路灯は好きだ。単独で立っていたり、電柱に取り付けられたりしている。なんとなく映画「宇宙戦争」(1953アメリカ)や「地球防衛軍」(1957東宝)を連想させる。昔考えられた未来のデザイン、という感じ。
その業者さんはもうシャッターが下りていたので思い切ってインターホンを押してみた。一ついただけないものかと聞いてみると
「申し訳ないのですが、公共事業でやっていて、取り外しから廃棄まで個数を把握し、報告しなければならないので差し上げることができないのです」
とのこと。
残念。まあもらってきても奥さんに怒られるのは必至ですが。


2017年1月30日



荻窪駅から南に約1キロ、I街道沿いの角地にスポーツジムがある。建物の一階がプールになっていて、ガラスブロック越しに中がなんとなく見える。プールにどんな人がいるのかと見ながら角を曲がる。曲がっても壁面はガラスブロックだ。すると突然、眼前に桜の大木が。
危うく頭をぶつけるところだった。
この木が住民から「煩悩断ち切りの桜」と呼ばれているかどうかは、わからない。


2017年1月24日

年始の頃、バラエティ番組を見ていたら渋谷で若い人に「座右の銘」みたいなのはありますか? と質問していた。 20代くらいの女の子が
「あと10年、20年経ったら私もオバさんになって、ああ、あと10年、20年若返りたいな、と思うと思うんです。その願いが叶ったのが今だと思うことにして、一日一日を大切に生きたい」
のようなことを言っていました。すごいな、この娘は。
私は今60代。あと10年、20年経ったら70代とか80代。その時に「ああ、60代の頃だったらどこまでも歩けたし、模型だってできたし、車の運転だってしたし。せめて60代に戻りたい」と思うと思う。
その願いが叶って今。毎日をおろそかになんかできない。
あの渋谷のあの娘の言うことをもう一度聞き直してみたい。
Youtubeで探しました。なんと見つかりました。もう一度聞きました。
そうしたらどうも私の中で何度も繰り返しそのことを考えているうちに美化、というか、変化していたようで、もう一度見た彼女はそんな立派なことを言っている女の子の感じでは全然なく、ものすごく軽いノリでしゃべってました。
しかしものすごく軽くそういうことを言っているので、むしろ心に響いたのかなとは思う。


2016年12月20日



一年に何度かあるんだけど、オムライスが食いたくなる。荻窪には「洋食屋」さんというのが皆無で、外食でも手軽に食べられない。一軒だけ中華屋でオムライスをやってる店があるのだけれど事情があって行けない(出入り禁止ではない)。ファミレスのなんたらデミグラスソースのふわとろ卵のオムライスとかは嫌だ。仕方がないので自分で作る。見た目は良くないが一応気が済んだ。


2016年10月19日



スイスから絵ハガキが届いた。マッターホルンでもレマン湖でもなく、ギーガーだった。やるなあ!


2016年08月30日



さっきたまたま「マツコの知らない世界」を見てたら、今日のテーマは「マツコの知らないプチプラ雑貨の世界」だとか。
プチプラって何だ。思わず「プラ」に反応してしまう。「小さいプラ。何だ?ジオラマ用の小物か?」
しばらく見てたらプチプラとはプチなプライス。値段がそんなに高くない可愛い小物を紹介していた。キャンドルだとかマグカップだとか。まあそういったものね。
また年寄りの「昔は」の話だけど、雑貨屋というのは、ほうきだとか、湯たんぽだとか、タライだとか、そういうもの売ってる店だったよ。荒物屋とも言ったし。
番組によると雑貨店の大手三大ブランドというのがあって、「IKEA」「フライングタイガー・コペンハーゲン」「無印良品」だと言う。
わしの世界では雑貨屋の大手なんてありえんのよ。笑。


2016年07月15日



20年来お付き合いさせていただいているサンフランシスコ在住のSさんが休暇で東京にいらし、小金井公園にある「江戸東京たてもの園」にご一緒させてもらいました。10年くらい前に行ったことはあるのですが、ほとんど忘れてしまっているのと、それ以来、建物もずいぶん増えているようで満喫できました。素晴らしい建築に驚くのはもちろんなのですが、この場所に完璧に移築させる技術に改めて驚きました。しかもオリジナルを復元させるだけでなく、耐震対策も考えられているのです。
見物途中から大雨。大雨で軒から水が滴る懐かしい街並みも楽しめるアトラクション付きでした。
帰りはさらにゴリラげい雨(笑う所)。しかし一寸先は見えました(笑う所)。
Sさん楽しかったですね。ありがとうございました。


2016年07月06日



「山上たつひこ」といえば「がきデカ」が週刊少年チャンピオン誌で大ヒットしたのだが、それも1974年連載開始なので、もう40年以上経つ。わしはもう当時ひっくり返って笑って、「いいのかよ、少年誌で!!うひゃひゃひゃ」と喜んで「がきデカ」につづく「快僧のざらし」「あるぷす犬坊」「玉鹿市役所 ええじゃない課」なども毎週楽しみにし、単行本は全て買い、「がきデカ」以前にもさかのぼり読み漁り、だんだん作風が変わっていっても付いて行き、寝る時に布団の中で同じ本を何度も何度も読み・・・・
まあそういったように好きなのでありますが、S君から「山上たつひこ原画展を銀座でやってますよ」と聞き行ってまいりました。見ました。原画を。初めて。あの何度も見た「がきデカ」の数ページの本物が眼前に!!ああ、くらくら!! 言うまでもないですが、山上作品の面白さというのは「いいのかよ、少年誌で!!うひゃひゃひゃ」ばかりじゃないのでありまして、言葉のやりとりの妙であるとか、人物の立場の妙であるとか、登場人物が作者を離れて一人歩きしだした妙であるとか・・・まあそんなことは言わずもがなですが。


2016年06月20日



NHKの「トットてれび」が終わってしまって、過去再現モノが好きな私はさみしいのですが、セットや衣装が比べてみると結構頑張っていていいですね。上が1976年の本物の「徹子の部屋」。下が2016年復刻モノの「徹子の部屋」。


2016年06月01日



飼猫19歳を撫でていたら、おとなしくしていた猫が「ワウッ」とか言って突然振り向き、右手の人差し指を思い切りガブ、とやられた。この年寄り猫にこんな力があるのかと思うほど。血が出てティシュで拭き消毒液。傷は深い。上下の歯で噛まれたわけだから指の対角線上に穴があり、バンドエイドの巻きようがないので、ティシュを巻き、TAMIYAのマスキングテープで固定。これが土曜日。
日曜日は痛いものの、どうということなく過ごす。
月曜日。腫れてきた。ズキンズキンいっている。二時から会合があるのでその前にと思い、十一時に行きつけの皮膚科に行く。二時間待ちだという。結局さらに待たされ会合は遅刻。この季節、細菌の活動が活発で皮膚科は大忙しだと言う。 抗生物質と塗り薬をもらう。猫の牙は鋭い。骨まで達すると骨膜炎という怖い病気を起こすこともあるという。会合の間中ズキズキ。
会合後に懇親会。刺身の大皿が出る。旨い。めずらしくイワシのタタキが乗っている。特に旨い。「河合さん、そんなに刺身好きでしたっけ。醤油も付けないで」「いやあ、今日は特に旨いです」外は雨。寒い寒い。
今日、火曜日。ああ、イワシのタタキ、食いてえ。昨日のイワシのタタキを思い出すとよだれが出てきて舌で口の周りを舐める。顔が痒い。手を軽くにぎり親指と人差し指で出来た輪のあたりで回すように顔をなでると止まらない。耳の後ろを掻くと気持ちいい。いま座布団に寝てスマホを打っている。あー眠くなってきた。我慢できない。眠いにゃー


2016年04月10日



こんなコーナー作りました。


2016年01月31日



飼い猫、19歳。猫としてはもうすでに長生きのほうだろう。子供の頃に飼っていた猫は長くても7、8年くらいで死んでしまったし、どこかへいなくなってしまったので、猫の寿命というのもそれくらいだと思っていた。この猫は長い。私の母親のことも知っているし、もう嫁に行って子供もいる娘たちが中学生くらいだった頃のことも知っている。猫は顔を見ても歳や衰えがわかりにくいが、去年の暮れくらいから、やっぱり若い頃のような具合にはいかなくなってきたようだ。以前は私がパソコンの前の椅子に座ると膝に飛び乗ってきて、重たいんだよ、と迷惑だったのだが、この頃は足腰、特に後ろ足が弱ってきて膝までジャンプできない。乗りたそうな顔をするので、しょうがないから抱えて乗せてやる。こっちだってまあそう元気でもない。なんだかなあ、と思う今日この頃であります。


2015年12月1日



水木しげる氏の漫画を題材にして立体物を作り、それが模型雑誌に載ったことがあった。
多分1980年代くらい。モデルグラフィックス誌ではなかったかと思う。今は現物も掲載誌も無くなってしまった。白黒コピーがどこかにあったはずと探してみたら見つかったので見ていただく次第です。ファンド(石の粉の粘土)製で室内は角材やらプラ板やら。

昭和30年代の私の小学生時代は貸本屋の全盛時代。水木作品もそこで借りて読んだのが初めて。当時は「ゲゲゲの鬼太郎」は「墓場の鬼太郎」というタイトルだったように思う。鬼太郎もの以外にも水木作品はいろいろ置いてあって、なんて怖い漫画なんだ、でもこの緻密な絵は凄いと思った。
当時の貸本屋で漫画を借りると多分一日一冊、5円か10円くらいだったろう。でも私はだらしないから、つい返すのを忘れてしまって何日も経ってしまうことがある。下手をするとその本が買えるくらいの金額に近づいてしまう。そうすると貸本屋の親父さんは心配して私の家まで取りに来てくれる。母親が「すみませんねえ」と言って本を返し、お金を払ってくれて、後で叱られる。ああ、なんていい時代だったんだ、と思う。
水木先生のご冥福をお祈りいたします。


2015年11月28日



プラモは久しぶりなので、工具や塗料など点検してみるとまあオッケー。しかし始めてみると接着して固定させる輪ゴムがないことに気がつく。夜中。
歩いてコンビニに買いに行く。こういう時は便利だ。
しかしはたして売ってるかな。売ってました。
セメダインブランド。パッケージは業界最大手(想像)の「オーバンド」と配色が似ている。(OEMかな)
輪ゴムはこの配色に決まってるのかな。ちょっと検索したらやはりその傾向。
しかしパクった、というせせこましい感じはなく、伝統、という感じがする。
全くどうでもいい話ですみません。


2015年10月1日



孫の運動会。面白いこと言うじゃないか!


2015年8月30日



小雨の降る中、山手線の原宿駅で降りる。夕方五時。八月とは思えない涼しさ、というか肌寒い。
傘をさし、線路の西側、代々木公園方面に出る。いつもなら表参道側と違って、こちら側はそれほど人が多くないのだけれど、今日は何か明治神宮のイベントがあるようでけっこう人がいる。

人混みを抜けたところで、さしている傘が何かに引っ張られているような気がした。風は無い。いや、これは風という感じではない。傘が誰かに当たっているのかと周りを見るが、しかしそのような様子は無い。おかしいな、と思いさらに歩くと、またそんな気がする。はっきりする。見えない何かが存在を知らせているような。傘の柄を軽く手元で回してみる。回らない。周りを見ても誰もいない。傘が固定されたように動かない。何だ、これは。何なんだ、このパワーは。明治神宮は誰が祀られているのだったか。明治天皇か。こんなこと生まれて初めてだ。周りを見ても誰もいない・・・・

やっと気がついた。私はその時、ギターのバッグを背負っていて、傘がそれにあたっているのだった。世の中それほど面白いことにはぶつからないものです。


2015年7月6日



「ペヤングソースやきそば」が再発売になって喜んでいる人が多いと聞く。食べたことはあるとは思うがそれほど馴染みがあったわけではない。どんなものだったのか何年ぶりかに買い求め食してみる。まず鍋で湯を沸かしておく。外側のセロファンを剥がし、内蓋を約半分まで開ける。袋に入った「かやく」を乾燥麺の上に乗せる。「液体ソース」も麺にかける。し、しまったああ!湯をきってからソースをかけるんだった。もう遅い。仕方がないので湯をかけ3分経って湯切り口から湯をこぼす。当然薄いソース色をした湯がこぼれてくる。どうしたらよいのか。家の塩、胡椒、ソースをかけて混ぜてみる。それほど不味くない。完食。しまったあ!「ふりかけ」をかけるのを忘れた!くやしいからそれだけで食す。ゆえに今回は「ペヤングソースやきそば」が旨いのかどうか判定不能。


2015年5月18日



JR中央線は、東は東中野駅くらいから西は立川駅くらいまで、東西に定規で引いたように真っすぐに通っていて、オレンジ色の電車が走っています。
その中で我が杉並区には四つの駅があります。西から「西荻窪」「荻窪」「阿佐ヶ谷」「高円寺」です。
西から書いたのは、左から右に読むので視覚的に分かりやすいと思ったからです。
杉並にあまり馴染みがない方は「だいたい分かるけど、どの駅の町の様子も、まあ同じようなもんだろ」と思うかもしれないですね。
ところが当事者にしてみればだいぶ違います。それぞれ他の町に反発とはいかないまでも、自分の町に当然愛着があるように思います。
私は高円寺と阿佐ヶ谷は駅前の雰囲気が似ているので、電車の窓から外を見ていて間違えそうになりますが、高円寺や阿佐ヶ谷の人にそれを言ったら「あんな所と一緒にされてたまるか」くらいの火花を飛ばしているような気がします。
私は荻窪に住んでいるのですが、もし荻窪駅の名前が「西阿佐ヶ谷」だったらものすごくイヤです。
(写真はイメージです)


2015年4月16日



江戸川区の船堀というところで旧交をウォーム。 現在帰りの電車。終電間近なので寝過ごすとちょいとやっかい。


2015年1月20日



午前中、ちょいと野暮用で東京タワー、増上寺のあたりに行ってきました。
やっぱり東京タワーはいいですねえ。
10年以上前だと思うんですけど、東京タワーで自分にこんなおみやげ買ったことがあります。
みうらじゅん氏言うところの「いやげもの」ってやつですね。
おみやげにもらっても嬉しくない、むしろ嫌だ。でもよく見てみると何か味わいが・・・
というやつです。
こういうのはもうなかなか売ってないです。
これを買ったころの東京タワーは売店とかが、なんかうらぶれてて、いい感じでした。
10年位前ならこの手の物、売ってる所、3カ所知ってました。
まずはその東京タワーの売店。おみやげ売り場は個人商店のおみやげ屋が何軒か並んでるという感じで、「V6」とか書かれたアイドルの掛け軸など売ってました。誰が床の間に飾るんだ!いまは東京タワー、みょうに垢抜けてもうそういう店ありません。
次に上野の西郷さんの下、聚楽があったビルの一階にこういうおみやげやら木刀やらエロビデオとか売ってる店が軒を並べていました。今は建て替えられておしゃれなビルになってしまいました。
3番目は一番新しくて、九段会館。ご存知のように2011年の震災で天井が落ち、閉鎖されてしまいました。それまでは靖国神社にお参りする方達に利用されていて、売店にはこの手のものが並んでおり、たまにのぞいてました。
というわけで今は3カ所ともありません。浅草の仲見世あたりにあるかなあ。


2014年12月14日



うんと昔のつまらない断片的なことをよく覚えていることがあります。
高校生の時、12月14日のことです。ホームルームで担任の先生が
「大石が来てないな。今日はまた遅刻か?」
と言ったらすかさず
「今日は討ち入りに行っています」
と実に秀逸なギャグを飛ばした生徒がいました。
みんな大笑い。そんなギャグが全員に通じた時代だったんですね。
昔、タミヤからこんなキットが出ていましたね。


2014年09月03日



NHK-BSで「1964から2020へ オリンピックをデザインした男たち」という番組を見た。
1964年の東京オリンピック。招致が決定し、その準備としてポスターやシンボルマークなど、グラフィックな部分のデザインを作った方々の話だった。再現シーンも交えて、知らなかったエピソードが聞けてとても面白かった。
ドラマ、ドキュメンタリーにかかわらず「昭和再現もの」は好きだ。だいたいよく出来ているのだけれど、時々これはちょっと・・と思う時もある。
例えばきょうの番組、再現シーンで若いデザイナーさんたちがオリンピック選手施設のシンボルマークを考えている。
「シャワー」のシンボルマークを考えてくれと依頼がくる。するとデザイナーさんたちは「おい、シャワーって何だ?」「あ、ほら、あれじゃないか?水が勢いよく飛び出してくるやつ」とか言っている。「当時一般家庭にはシャワーはまだ普及してなかった」と説明が入る。
おいおい、ちょっと待ってよ。シャワーくらい誰だって知ってたよ。家には無かったとしてもシャワーくらい知ってたって。そうだ、学校のプールにだったらどこにでもあったでしょ。「おい、プールって何だ?」とは言わさないぞ!笑。
昭和って、そんな大昔じゃないって。
番組を作っているスタッフの方々は、上に立つ立場の方でも、もう1964年の東京オリンピックは知らないかもしれない。
分からないことがあったら、わしら年寄りに聞いてくれよ、といつも思う。
昭和のこの頃、若い世代の方々は実際以上に「遠い昔」と思っていて、私たちの世代は実際以上に「そんなに昔じゃないぞ」と思ってる。ということなのかな。


2014年07月10日



横浜駅西口にある屋台のおでん屋さんが並ぶ一角。
その中の一軒で同行してくれた方と二人で黒澤明監督の横浜が舞台の作品「天国と地獄」の話で盛り上がる。するとそこに居合わせたお数人の常連さん客と店主のおばさんのほぼ全員(50〜70歳代?)がその話に加わってくる。「あのころの伊勢佐木町はねえ」「あのころの黄金町はねえ」
おお、すごい!さすが地元というか、いやあ、すごい!東京とはすぐ近くにある横浜という街、全然別世界!ああ感動した!


2014年07月02日



夜、あまり馴染みのない街でバス(路線バス)に乗った。
乗客は10人くらいだったろうか。皆それぞれ1人のようだった。
途中の停留所で6人の乗客が乗ってきた。みんなでワイワイ話をしながら乗ってきたので一組の人たちのようだ。
年齢は皆50代くらい。あるいは60代? 何故か背は全員低い方。車内では空いている席があるのに座るでもなく、つり革につかまって大声で怒鳴り合っている。喧嘩に近い。すさんだ感じだ。お酒も入っているのだろう。
以前から乗っている乗客たちの間で「ついてないな」という空気が漂う。私ももちろんそう思う。
6人組は運転手にも軽口をたたいたりしている。
よく見ると6人組のうち5人は同じ顔。着ている服も同じだ。くすんだブルーの生地に学生服のような金ボタンが付いている。あ、「おそ松」だ!名前を呼び合っているわけではないので誰がおそ松で誰がから松、いち松なのか分からないが。
そしてその5人以外のもう1人ははげ頭に薄汚れた蝶ネクタイ。「チビ太」だ!
しかしそれにしてもおそ松は6人兄妹だったはず。もしかしたら1人は亡くなったのか。
しかし皆歳をとった。顔中シワだらけだ。
いくつか停留所を過ぎ6人は一緒に降りて行った。

という夢を見ました。
(写真はイメージです)


2014年03月07日



保険会社(損保)の外交の人が家に来る。
古くから世話になっている担当の人ともう一人の二人で来る。
保険の更新などがあって最近では去年の暮れくらいに来た。カレンダーをもらったから覚えている。
そのとき私の奥さんは用があって家にいなくて、私がお茶を出したりした。

次に来たのが今年の始めくらい。年賀のタオルをもらったから覚えている。
やはりたまたま奥さんがいなくて私がお茶を出した。

そして今日も来た。
そんなによくあることではないのだが運悪く今日も奥さんは用があっていなかった。
私が「すみません、今日、家内がいなくて、ちょっと待ってください」と言って台所でごそごそお湯を沸かす。(うちにはポットというものが無い)
保険会社の人は「いや、おかまいなく」と言う。
さっき保険会社の二人は帰った。

帰り道、二人は話していることだろう。
「河合さん、奥さんに逃げられたんじゃないですかね」


2013年10月02日



私の家の近くに中央線と環八が交差している場所があります。
環八が中央線の下を潜っているので、まあ短いトンネル状態になっているんです。

今年の始めくらいだったかなあ。
夜、私がその地下道を渡ろうと階段を下りると、線路下の車道に白い煙がもうもうと立ち込めているんです。5メートル先もよく見えないくらいに。なんか臭い匂いもします。
「火事だ!」と思いました。鉄道の設備関係か?
そこは車はたくさん通りますが人はほとんど通りません。私が第一発見者のようです。
落ち着いて携帯から119番しました。
「火事ですか?救急ですか?」
「火事のようです。環八が中央線を潜っている場所です」
「お名前をお聞かせください」
「河合と申します」

しかし電話した直後から煙はどんどん薄くなってきたのです。
10分ほどしてサイレンを鳴らしながら消防車が二台到着しました。
もうその頃はほとんど煙なんてありません。
消防車から「河合さんはいらっしゃいますか〜?」
とマイクで呼ばれました。
「あ、私です。すみません・・さっきは・・・煙が・・」

近所からは何事かと人が大勢出てくるし大騒ぎ。
結局どうやら地下道内に車の排気ガスが貯まる現象のよう。

「すみません。今度からよく確かめて通報するようにします」
「いや、いいんですよ。おかしいと思ったらすぐ連絡してください」

これを今年の三大お騒がせ事件の一つとさせていただきます。
ご静聴ありがとうございました。


2013年10月02日



何処ものあいほんごえす買いました。ついにスマホ仲間入りです。今まで使ってたのが「らくらくホン」。ステップアップ急激です。docomoショップで保護シール貼ってもらいました(680円)「うまく貼れたためしがないんで、貼ってもらえますか?」「空気が入ってしまう場合もありますがいいですか?」「え?」「ごくたまに空気が入ってしまいます」「それでもお金払うんですよねえ」「そうなってしまいます」・・・・上手く貼ってもらえました。よかった!セットアップわかんねえ〜〜!


2013年07月13日



「夏の恵方巻」ですと?
いい加減にしなさいっ!(笑)


2013年07月12日

When I'm Sixty Four (The Beatles)

When I get older losing my hair
Many years from now
Will you still be sending me a Valentine
Birthday greeting, bottle of wine
If I'd been out till quarter to three
Would you lock the door
年をとって 僕の髪の毛がなくなっても
まあずいぶん先のことだけど
僕に送ってくれるかな バレンタイン・カードや
バースデイ・カードやワイン1瓶とか
もし夜遊びして2時45分まで帰って来なかったら
ドアをロックしてしまうのかな

Will you still need me
Will you still feed me
When I'm sixty-four
まだ僕を必要だと思ってくれるかな
まだ僕の飯の支度してくれるかな
僕が64歳になっても

You'll be older too
And if you say the word
I could stay with you
君だって歳をとる
もし居てくれと言えば
君といっしょに居られるんだけど

I could be handy mending a fuse
When your light have gone
You can knit a sweater by the fireside
Sunday mornings, go for a ride
Doing the garden, digging the weeds
Who could ask for more
僕なら器用にヒューズを替えられる
ライトが切れたときに役立つよ
君はセータを暖炉のそばで編み
日曜の朝は ドライブ
そして庭いじりやら 草むしりやら
これ以上のこと だれが望むかい

Will you still need me
Will you still feed me
When I'm sixty-four
まだ僕を必要だと思ってくれるかな
まだ僕の飯の支度してくれるかな
僕が64歳になっても

Every summer we can rent a cottage
On the Isle of Wight, if it's not too dear
We shall scrimp and save
Grandchildren on your knee
Vera, Chuck, and Dave
毎年夏は 別荘を借りる
ワイト島にね もっとも高過ぎなければだけど
生活はつましく節約する
孫たちを君の膝に乗せながら
ベラ,チャックそしてデイブをね

Send me a postcard, drop me a line
Stating point of view
Indicate precisely what you mean to say
Yours sincerely wasting away
Give me your answer fill in a form
Mine forevermore
僕に葉書をよこし 一筆したためてくれ
見解など述べつつ
正確に言いたいことを表してくれ
連れの者が衰えることについて
答えをくれ 用紙に書き込んでくれ
とわに僕の 君

Will you still need me
Will you still feed me
When I'm sixty-four
まだ僕を必要だと思ってくれるかな
まだ僕の飯の支度してくれるかな
僕が64歳になっても

(訳:HideSさん)

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今日、この歳になってしまったけど、うーん、こんなかっこいいこと言えるような歳寄りになりたかったな。


2013年07月03日



不要な物がたまってしかたがないので、とりあえずマンガと文庫本を◯ックオフに持って行きました。
紙の手提げ袋で三つ、80冊くらいです。また読むかもしれない、などと思っていては片付きません。また読みたくなったら買えばいいんだ、くらいの気持ちでないとダメです。
かなり重いので車を出しました。査定を頼んでおいて車を戻し、歩いてまたお金をもらいに。
◯ックオフの査定は本の内容、関係ありません。綺麗か汚いかです。どんなに心を打つ名著でも汚ければ価値はありません。
結果は買い取りできるのが55冊、1080円でした。まあこんなもんです。
「これは買い取りができないんですが」
というのが30冊くらいありました。カバーも無くて汚いからでしょう。
「処分、お願い出来ますか?」
「はい、かしこまりました」
小腹が空いていたので、ラーメンでも食べて帰ろうと考えていたので、食べながら読もうと、その買い取りの出来ない中から一冊を選び、
「これ、もらっていってもいいですか?」
「はい、もちろん」
野方ホープで「ネギ辛ラーメン」(920円)を食べました。ガソリン代も使っているから、もうこれでほとんどトントンです。
選んだ一冊は松本清張の短編集でした。ラーメンが出来る間、食べている間に一篇読みました。 ほとんど忘れている話でした。松本清張の中でも推理ものではなく、ちょっと純文学っぽい作品でした。面白い!捨てなくてよかった!

しかしここで「面白い!」と感動した中には、一度もう捨ててしまった物の中から、たまたま救い出した自分の慧眼、しかもタダで(?)というシチュエーションというものも作用していたんでしょうね。笑。


2013年05月31日



3Dプリンター


2013年05月22日



調布飛行場内に「プロペラ・カフェ」という、飛行機を眺めながらお茶でもしましょ的コーナーがあります。格納庫内に保管してある機体が間近に見られます。
その中に一機の中古セスナが販売されていました。プライベートジェット、プライベートレシプロ機といったら何千万、何億の世界と思っていたら、この1963年製造のセスナ、120万円。軽自動車並みですね。飛ぶように整備して保管するのは大変でしょうけど。だいいち操縦できないし。でもなんだか愛おしくなりました。このセスナ、日本に輸入された最古のセスナだそうです。


2013年05月02日

京浜東北線、山手線の並走 御徒町ー東京 20130502


2013年04月25日



マウスで描いた絵が下手くそですみません。ハンバーガーです。
ハンバーガーを一個買って仕事場に持って行ったら、奥さんと娘も食べたそうだったのでナイフできれいに三等分しました。
私「メルセデス・ベンツの創業者は三兄弟だったんだけど、貧しかった時代、何でも三人で分けあって食べたんだ。その頃の気持ちを忘れないようにしてあのマークが生まれたんだよ」
娘「わー!!そうなんだ!!」
私「ウソだよ」


2013年04月21日



新宿の山手線ホームに緑色の山手線車両が入っていた。
あたりまえの風景。
いや!あれっ?
今はこんな全面緑色じゃないはずだよ!
全面緑の103系車両というのが投入されて50年だそうです。
全面緑、ちょっと懐かしい。


2013年03月06日



この4月から上の孫(男子)が小学校に入学だ。
学校に入ったら、わしとしては何を教えてやろうか。

L.L.BeanとかEddie Bauerとか、そういうの着て、キャンプしてルアーフィッシングか?
ごめんね、おじいちゃん、釣りなんてやったことないんだ・・・

昔愛用してたグローブを引っぱり出してキャッチボールか?
ごめんね、おじいちゃん、野球なんてしたことないんだ・・・

しょうがないからプラモデルでも一緒に作ろうか・・いいもんだぜ(笑)


2013年02月10日

歳を聞くと「今年◯◯歳になります」と言う。
これから何歳になるかじゃなくて、今何歳かを聞いてるんですけど。
「何年生?」と聞くと「こんど◯年生」とか言う。
こんど何年生かじゃなくて今何年生か聞いてるんですけど!
でもねえ、わしらくらいの歳の人に歳を聞くと「満で◯歳」とか言う。
今時かぞえで何歳とか言う場合ないっしょっ!笑


2013年01月29日

サウナのロッカールームにて。
若いお父さんと五歳くらいのお兄ちゃんと四歳くらいの妹。
自販機で買ってもらった一本のいちご牛乳を兄妹で分け合って飲んでいる。
「お兄ちゃん、もうちょっと飲ませて」
「うん、いいよ。あとは全部飲んでいいよ」
「ありがとう」
「あ、ちょっと待って。もう一口飲ませて。そうしたら全部飲んでいいよ」
「うん、わかった」
・・・・・
ほほえましい光景なのだろうが、ほほえましいすぎて見てられない。私は心の中で思う。
「もう一本買ってやれよ!」


2013年01月14日



現在の荻窪はだいたいこんな感じです。大雪怪獣警報発令中!


2012年12月31日


スーパー銭湯の駐車場。ポジティブな気持ちで駐車しろということか。


2012年12月24日
「音が出るおもちゃを買いました」




2012年10月15日
「三大ゴジラ岩」


どれも行ったことはないんですが。
能登のは哀愁があっていいゴジラだなあ。


012年07月04日
「ミドルエンド」

オーディオやパソコンやカメラなど、趣味の世界で高級品をハイエンド、普及価格品をローエンド、という言葉は以前から使われていた。 それが近頃、雑誌やウェブで中間価格帯の製品を「ミドルエンド」と書かれているのを目にすることがある。調べてみると案の定和製英語。いったいミドルのエンドは何処にあるのだ! とボクは言いたい。


2012年07月01日

CGじゃないですよ。本日夕方、狛江市付近にて。


2012年06月20日
「世界中の建物を作る」


Googleの地図、みなさんお使いだと思います。地図だけでなく航空写真も表示されますよね。しかもさらに「Google Earth」という機能もあって、世界の主要都市の建物を立体的に見ることができます。
この立体のデータ、誰が作っているのかというと、実は一般のユーザーに委ねられているんですね! アカウントを取れば誰でも参加できてビルディングメーカーというツールを使い、世界中の(地域は限られているが)建物を作ることができます。実は私も2年くらい前に登録して作り始めました。

参加するのも無料ですが、建物を作ったからといって、何か報酬のようなものがあるわけでももちろんありません。自分の作った建物が(と言ってももちろん実在の建物を立体化するするということですが)世界中の人に見てもらえる、もしかしたら役に立っているのかもしれない、という楽しみでコツコツやるんですね。よくできたシステムです。

Googleから提供されたいろいろな角度からの航空写真を元に簡単な作業で(複雑な形の建物になるとそれなりに複雑ですが)建物を作ってGoogleに送信します。
するとGoogleの審査があってそれに通過すると「Google Earth」で表示されるようになります。
私は仕事中にヒマがあれば建物一つ、家に帰ってパソコンに向うとまた一つ、とコツコツやっていたらいつのまにか1000件を越えるまでになってしまいました。
場所も東京から横浜、ホノルル、サンフランシスコなど様々です。気長にゲームをやるようなもので、別に自慢出来るようなことでもないのですが。

するとその1000件がひとつのボーダーラインになっていたのか、Googleからメールが届きました。今年の始めくらいだったでしょうか。もちろん英文。翻訳サイトで訳してみると、
「Hi! Youはいくら暇とはいえ、たくさん作ってエラいよ。ここに感謝の意味を込めーて、記念品を贈るするから住所を教えてくれれば送るあるよ。首を長くして待っとれ」
のような意味でした。
おおっ! 何かくれるのか!
本当にGoogleからのようだったので返信しました。
何が送られてくるのだろう!と非常に楽しみにしていました。

しかしブツはなかなか送られて来なく、4月くらいになって
「Hi! 遅くなってスマン。m(__)m.。6月中旬くらいに届くと思うあるよ」
とメールがありました。
いよいよだな。

そして本日、送られてまいりました。
何だったでしょう。


マグカップとメモ帳とステッカーでした。

Googleさんありがとうございました。
これからも建築に励みます。


私の言うことは、いつも長いわりにはオチのない話だとはよく言われます。

写真1 「Google Earth」で見た様子。これは新宿の伊勢丹ですね。
写真2 送られてきた記念品。


2012年05月20日
「巡礼地にて」


川崎市の溝の口というところのモスバーガー。
フライドチキンとアイスコーヒーとタバコと中島みゆき。


2012年02月18日

「博士」


アメリカのプラモデルメーカー、モノグラム社からは1960年代(ひょっとして1950年代?)頃に、架空の宇宙船キットがいくつか発売されている。スペースシャトルはおろか、アポロなど有人宇宙飛行はまだまだ先の話の時代だ。
このパッケージを見てほしい。その架空の宇宙船シリーズの中の一つなのだが、豊かで世界中の憧れだった頃のアメリカの雰囲気が感じられて、私などワクワクしてしかたがない。

箱にはなにやら紳士が少年に宇宙船の説明をしているような絵が描かれている。
その近くには「Willy Ley Space Models」と書いてある。
Willy Leyとは誰なのだろう。
早速検索。
どうやらドイツ系アメリカ人で、来たるべき宇宙時代の宇宙船のありかたなどを研究し、SF映画やテレビドラマの科学監修のようなこともしていた先生のようだ。
真ん中の写真がWilly Ley博士。
いかにも博士然としていていい感じだ。ちょっとマッドっぽいが。

ん?誰かに似てないか?
あ、キューブリック監督の「博士の異常な愛情」のピーター・セラーズ演じるストレンジラブ博士(写真右)だ!
そっくりじゃないか!あの役もたしかドイツ系アメリカ人!
これはルックス的には絶対Willy Ley氏をモデルにしている!
早速また検索。

うーん、どうもそういう記述は見当たらない。
絶対間違いないと思ったんだがなあ・・・

以上オチの無い話でした。

写真左 モノグラム社のパッケージ
写真中 Willy Ley氏
写真右 ストレンジラブ博士

ちなみに「ウルトラQ」に江川宇礼雄さんが演じる一の谷という博士が出てくる。あの人も似ている。 江川宇礼雄さんも、たまたまたしか日本人とのドイツ人とのハーフだかクオーター。 「博士の異常な愛情」が1964年。「ウルトラQ」が1966年。一の谷博士がストレンジラブ博士の影響をうけているかも気になる。


2012年02月04日

サウナで同級生の友達が言う。

「このまえテレビで『ダイハード』の1作目見たんだけど、やっぱり面白いね」
「面白いよね」
「あれ、もう何年前かなあ」
「20年くらいは経つんじゃない?」
「20年かあ。あっという間だよね。あれから同じ時間がこれから経ったら、俺たち82歳だぜ!あっという間だぜ!」
「そうだよねえ、死んでるかもしれないよな」

などという悲しい話をして別れた。

次の日の早朝、私がまだ寝てる時間に携帯が鳴る。
「あ、俺だけどさあ、調べたんだけどダイハードは1988年だから20年じゃなくて、もう24年だよ!俺たち86だよ!」

・・・大差ないわ・・・・


2011年12月29日
「見入る」

「そんなテレビ番組、なんで好きなの?」と言われそうだけどけっこう好きな番組。「警察24時」みたいなの。今日もやってた。


2011年12月25日

「九段下ビルのこと」


九段の靖国通り沿いに「九段下ビル」という古い建物がある。なんでも昭和の初めに建てられた建物だそうで、ビルといっても横に広い三階建ての長屋のようなビルだ。
しかし老朽化により近く取り壊しになるらしく、古い建物好きの方々の間ではそれが惜しまれているようだ。
この建物については私にとってちょっとした体験がある。もう30年以上も前のことだ。

当時私は古いものが好きで(まあ今でもそうなのだが)この頃は大正の終わりから昭和の初めころの探偵小説(推理小説ではない)に凝っていた。江戸川乱歩とか横溝正史の時代だ。多分そんな好みからこの建物を訪れたのだろう。カメラを持って出かけ、建物の写真を撮っていた。

この建物の中には歯医者があり、歯医者であるのに表のウィンドウには壷などの美術品が飾られてあった。私はこの歯医者らしからぬ展示、しかしまたこの建物に相応しい趣味に興味を持ったのだろう。眺めたり写真を撮ったりしていると中から歯医者さん当人が出てこられて「こういう物に興味があるの?」と聞かれた。まだ私が20代の頃だ。
私は多分そのとき慌てて「すみません」と謝ったように思うのだが、先生は「君は若いのにこういう物に興味を持つとは感心だ。中にもっといろいろあるから入りなさい」と言われ、私に待合室にたくさん飾られてある美術品の説明をしてくれた。たっぷり10分か15分は説明してくれただろう。私はとくに美術品に興味があったわけではないのだけれど、見ず知らずの私に懇切丁寧に説明をしてくれる熱意と、建物の中に入れたという思わぬ幸運にわくわくしていた。
「こちらにもあるから来なさい」と先生に言われ、今度は診察室に呼んでくれた。
そこで私が見たものは・・・・

なんと患者さんが歯医者の治療の椅子に寝かされたまま、口を開けて先生が戻って来るのを待っていたのだ。

そんな想い出も時の経つのは早いもの。写真の日付を見るともう36年も前だ。


この建物が解体されるのことを惜しむ人たちが今日、この建物の前で記念写真を撮ったらしい。
それも全員黒礼服でビルをバックに大判カメラを使い撮影したとのことだ。それがいかにもこの建物に相応しい。

写真左 1975年10月の九段下ビル。地下鉄都営新宿線の工事が行われている。支配人撮影
写真中 九段歯科の先生。支配人撮影
写真右 2004年に撮られた九段下ビル。手前の方に「九段歯科」が見える。


2011年12月24日

この前の60ー70歳と年寄り中心の忘年会。「塩だれの豚しゃぶ」というのが旨かった。
「このごろは何でも塩で食べるのが流行ってるようですね。焼き鳥でも天ぷらでも塩で食べるのが通のようです。ゆで卵まで通は塩で食べるらしいです」
とかますが反応無し。


2011年12月14日
「家政婦をミタ」


2011年12月07日
「懸案」

ここ最近最大の懸案事項「結婚披露宴のスピーチ」。あと3時間後くらいか。早く過ぎ去ってほしい。


2011年11月28日
「叔父バカ日記」


「THE BAWDIES(ボウディーズ)」というロックバンドがある。 ほとんどの方は名前も聞いたことがないだろうが、これがけっこう売れているらしい。
実はこのBAWDIESのメンバーの一人は私の甥(妹の長男)だ。 今日は(日付的には昨日になってしまったが)そのBAWDIESの日本武道館ライブ。
招待をされて夫婦で行ってきた。
観客はもちろん若い人ばかりだ。その中で私たちは最年長に近いだろう。
「ずいぶん大きな音を出すもんだねえ、おばあさん」 「そうですねえ、おじいさん」
状態だ(笑)。

どんなバンドかといえば、まあロックンロールバンド。
ステージでメンバーが言う。
「この武道館は45年前の1966年、ビートルズが来日して演奏を行った由緒あるステージです」
そう言った次の曲ではなくその数曲後、何の説明もなく「I'm Down」(ビートルズナンバー)を唄う。
オリジナル曲ばかりを唄うBAWDIESにしては珍しい。
たしか「I'm Down」はビートルズ日本公演の時に演奏されたナンバー。
45年後に同じ場所で同じ曲を唄う。
うだうだと「I'm Downという曲は・・・」
などと説明しないところはなかなか粋だ。若い人には分からなかったろう。

甥が「就職をしないで音楽をやりたい」と言ったとき、多分私は甥や妹にいい顔はしなかったと思う。
「音楽で成功するなんて、ほんの一握りの人たちだよ」と。
何を成功とするかは考え様だが、私の予想は裏切られ立場は失われたといっていいように思う。
一万人以上の人たちが熱狂する姿を、招待してくれた関係者席から見ていると、私の立場をなくしてくれた甥には「おめでとう」と言いたい気持ちになった。
なんだか親バカならぬ叔父バカであるが。
「よしくん、かっこよかったぜ!」


2011年10月29日

朝、携帯を持って出るのを忘れて、「あー、誰かから電話が入ってるんじゃないかなあ、メールが入ってるだろうなあ」と一日心配して、夜帰って見ると、どこからも電話もメールも入ってないと淋しいよね。


2011年10月21日
「マイクのダミー」


ある依頼があってマイクロフォンのダミーを製作。
楽しい仕事だ。
モデルは業界標準の『SONY C-38』というやつ。よく見かけるやつだ。(写真左)

材料は100円ショップで買ったメガネケースとメッシュの生地でできたバッグ。
特にメガネケースなど、マイクにしてくださいと言わんばかりのいい形をしている。(写真中)
完成がこれ。なかなかいいんじゃない?と思ってる。(写真右)
スタンドはDVDのメディアが入っていたスピンドルケース(笑)


2011年10月08日
「JRの車内アナウンス」

先日、友人のG君、M君とJR中央線に乗った。
車内アナウンス。
昔なら最後尾車両に乗った車掌さんがマイクを持ち「えー次はー吉祥寺ー吉祥寺ー」と肉声。
ところが今は女性のきれいな声の録音。
続いて英語のアナウンス。
「Next station is 吉祥寺」
「え?」と思った。流暢な英語の中に駅名だけ正確な標準語の発音。
たしか少し前までは駅名の発音も英語風だったはずだ。
「Next station is キチジョージー」と。

「Next station is 吉祥寺」と
「Next station is キチジョージー」
どちらが「正しい」のだろう。

たとえばFMラジオなどでよく聞かれるDJ。
しゃべりは日本語なのに英語の曲名だけ流暢な発音。
英語は英語なのだから、その部分は本来の正確な発音の方がいいだろうという考え方。
それは正しいのだろうけれど「なんか、かっこつけてない? アメリカ通ぶってるみたいで」
とも思われてしまうかもしれない。私はそう思う。

逆を考えてみよう。
「Next station is 吉祥寺」
そうなるとこれは日本通の外人。
そういうことになりますよね。
英語が常用語の人は「Next station is キチジョージー」と発音するのが正しいというか、自然なのではないか。

しかし「吉祥寺は日本語なんだから吉祥寺と発音するのが正しいに決まってる」という意見もあるだろう。正論だ。

ああ、どっちであるべきなのだ。

たとえば私たちが外国に行ってみたとする。
その国の電車に乗るとなんと親切にも日本語のアナウンスが流れたとしよう。
「次はWestchester Square-East Tremont Avenueです。」
「え?何て言った?わかんないよー」
となる。
実用的には聞く対象の人が理解しやすい発音にしないと意味がない。


うーん、難しい問題だな。これは。
多分JRも悩んだのだろう。



2011年05月29日


生物が敵に襲われないように、自分を何か違うものに見せようとすることを「擬態」という。
この写真、見てほしい。
一枚の丸まった枯葉にしか見えない。
しかしこれは「ムラサキシャチホコ」という蛾。
蛾だから蝶のように羽を上に閉じていない。後ろにたたんでいる。 横から見たところだから片方の羽が見えている状態だ。左が頭。 で、この羽の模様、実際に枯葉が丸まっているような立体的なものではない。
平面的な羽の表面に描かれた「絵」なのだ。
陰影を巧みに描いた写実画のようだ。信じられない。

誰がこの絵を描いたのか。


2011年05月29日

子供の頃、うちの家業って和菓子屋だったんです。「栗まん」ってありますよね。あのツヤツヤした表面は、卵黄をハケで塗って焼くとああなるんです。でも白身だけ残っちゃう。もったいないからって白身だけの目玉焼きが食卓に乗ることがよくありました。不味かったです。


2011年05月24日

私「妹のところ、ダイソン(イギリス製の掃除機)買ったらしいよ。調子いいってさ」
奥さん「へえー!!いいなあ!!でもさあ、ダイソンってうるさくない?ねえ、うるさくない?」
私「おまえが一番うるさいよ」


2011年05月24日

毛布ふたたび登場。6月も近いっていうのになあ。おーさぶ!


2011年05月17日

「真夜中のカーボーイ」。原題は「Midnight Cowboy」。やっぱり「カウボーイ」だよなあ。じゃあ「カーボーイ」って何者?
長年の疑問が今日晴れた。当時日本ユナイト映画の宣伝部長であった水野晴郎氏が「都会的な雰囲気を演出したかった(Car=自動車=都会の象徴)」ためという。
なんだかなあ。


2011年05月06日
「物との戦い」

もう読まないであろう本、多分読まないけど、万一読みたくなったらまた買えばいいや、という文庫本、ハードカバー、漫画、合わせて200冊くらいBOOK OFFに持って行ったら三千いくらになった。でもあんまり片付かない。漫画家、中崎タツヤの言葉「お金はいるけど物はいらない」


2011年05月01日
「打ち上げ」

奥さんが友達同士の旅行から帰ってきた。しかしまたすぐ出かけると言う。
「これから打ち上げがあるのよ」
「ロケットの?」
「違うわよ」
違うわよとまともな返事をしてくれるのはかなり機嫌がいい方だ。


2011年04月30日
ゴールデンウィークの工作「電電公社時代の携帯電話」


G嶋くんと、使い込んで汚くなったお互いの携帯を見せ合う。
1枚目の写真が私の携帯。もう2年使っている。

「いい感じに傷ついたり塗装が剥げたりしてきたねえ」
「もっといい感じにならないですかねえ」
そこでふと思い付く!
「わざともっと汚なくしてやろうじゃないか」

携帯に自分で塗装しなおしてもすぐに剥げてしまう。ならば、剥げてもいいような塗装にすればいい。
やっぱり「サビ」だな。

出た。こればっかりだ。

携帯が鉄で出来ていて、使い込まれて塗装が剥げ、サビが出ている状態を目指す。
まず、そういう状態の実物を見てみよう。
2枚目の写真(いい男の写真という意味でなく)のような状態だ。これはガードレール。
材質である鉄は黒光りのするこげ茶をしている。私の携帯がまさにその色。これは都合がいい。この上にサビ色、塗装色と塗り重ねれば、携帯を使い込むうちにまず塗装色がこすれ落ち、サビ色が顔をだす。さらにそれもこすれ落ちると、もともとの携帯の色、鉄の地肌色が現れるという寸法だ。

まず携帯にサビ色を塗ってみた。3枚目の写真(道化役の男の写真という意味でなく)の状態になった。
吹き付けも考えたのだがマスキングが難しい。筆塗り。
けっこうムラがあるが気にしない。むしろ面白い効果が出るかもしれないし。
その上に白色を塗り重ねる。ボディ色が剥げてきた時に下塗りが覗くのが面白いかもしれないのと、発色を良くする目的だ。

さて、次にいよいよボディ色。

ボディ色はくすんだ水色にしてみた。こんな感じの色がサビによく似合う。
ここまで全部ラッカー系の筆塗り。ムラでボコボコだが気にしない、気にしない。

作業をしていたらG嶋君からこの携帯に電話がかかってきた。
「えーい、もう、作業中なのに◯」と出てみると
「電話かけましたか?」
「え?しないよ?」
「あれ?そうですか?おかしいなあ・・」
もう、忙しい時に・・
と思ったけど、念のため発信履歴を見ると電話している。
スライド式の携帯を開いて作業していたので、間違って発信してしまったようだ。悪い悪い。

しばらくして何とまた違った所(大工さん)に電話してしまった。 折り返し電話をもらったのだが、今度はこっちの言うことが向こうに聞こえないようだ。
おかしいなあ。
ところでこの携帯、マイクはどこにあるんだ?
え?もしかしてこれ?
ボディ底面に幅1ミリくらいの溝がある。塗料で埋めちまってた。聞こえないわけだ。あわてて塗料をかき出す。
壊れてなくてよかった。こんな状態のを修理にdokomoへ持って行ったら「こんなことしたら壊れるに決まってるじゃないですか」って絶対言われる。

さて一日乾燥させて、表面を1000番の耐水ペーパーで軽くこすってみる。
おっ!いい感じ。下塗りの白やサビ色が顔を出してきた。しかしラッカー系とはいえ、まだちょっと塗料が乾燥しきれてないようだ。気にしない、気にしない。
2000番まで磨き進んだが、出っ張っているところがつや消しで、凹んでいるところがテラテラした気持ち悪い感じ。
おおまかにマスキングしてつや消しクリアーを全体に吹き付ける。 仕上げにハンブローのサビ色(そんなのは無いんだが62番が実にいいサビ色)を薄めて筆でチョコチョコっと。
これは使っているうちにとれてしまうだろうから、スミ入れの要領で凹部中心に。

「電電公社時代の携帯を今でも使っていたら」というコンセプトなので、スライドさせた液晶部分の裏面にシールで電電公社のマークと、仕様書みたいなラベルを作って貼ってみたのであるのである。

日本電信電話公社は昭和60年に民営化されNTTになった。


2011年02月21日
「サウナで」

またサウナネタ。

日曜日の夕方なので郊外のサウナは超混み。小学生くらいの子供も多い。
サウナ室は入口のドアから入ると、回り込んで、ひな壇式の段に座る仕組みで、座ると入口が見えない。
誰かがドアを開けっ放しにしているらしく、スースー冷たい空気が入って来る。
70歳くらいの怖そうなオヤジが振り返って
「おい、寒いから閉めろ!何やってんだ!」
と大声で怒鳴る。
どうやら子供がドアを押さえて開けっ放しにしている様子。
なかなか閉めようとしない。
「寒いから閉めろって言ってるんだ!早く閉めろ!」
まだ閉めようとしない。スースー寒い。
「何やってんだ!閉めろ!閉めろ!」
とオヤジはなおも怒鳴り続ける。
すると別の40代くらいの客が、振り向きながら立ち上がったりして何故かソワソワし出す。
10歳くらいの子供がようやく入って来て、その40代くらいの父親の元へ。
どうやら障害をお持ちのお子さんのようだ。
父親は子供に「ダメじゃないか」と叱り、怒ったオヤジに頭を下げる。
70歳くらいのオヤジは様子を察して黙る。黙るしかなかった。 オヤジは黙っていたがその様子を後から見ていた私には伝わった。他の客たちにも伝わったと思う。
「・・・怒鳴っちまって、悪かったな」
と言いたいことが。
しかし言わない。言いたいけど言えない。でも確実に思ってはいると感じた。
張りつめた気まずい空気かというと、いやむしろ私は暖かいものを感じた。サウナだからばかりではないと思う。
でも子供の父親はどう感じただろう。
それを考えると言葉にしてほしかった。


2011年09月17日
「驚く」

テレビ東京の人気番組「モヤモヤさまぁ〜ず2」。大好きでいつも見ている。ところであの番組のナレーションをしているのは誰だかご存知だろうか? 私はさっき初めて知った。ちょっとびっくり!!ご存知でない方は「モヤモヤさまぁ〜ず2 ナレーション」などで検索してみてください。びっくりします。


2011年09月16日
「使われない」

「E電」についてウィキペディアで調べた。
「語句の意味 EにはEast、Electric、Enjoy、Energyなどの意味が込められている。ローマ字で「Eden」と書けるので、「エデン」と呼ばれたこともある。」
ほんとかよ!
「どうやって来たの?」「エデンだよ、東のほうから」こんな会話聞いたことない。


2011年09月09日
「アプリ」

Appleはギターの弾き語りアプリ「iGeorge」、ドラムを叩きながら唄えるアプリ「iTakano」を発表。・・・・・エイプリルフールまで待てなくて・・・・・伝わらないかな・・・・


2011年09月06日
「明日からお祭り」

明日、明後日は地元のお祭り。現在、御神酒所を設営中。テントを張ってお供えをして。照明は神社の倉庫に一年眠っていたちょうちんと裸電球。これがLEDに替わる日は遠い。


2011年09月02日
「どうなんだろ」

♪七色の虹が消えてしまったのシャボン玉のようなあたしの涙
♪別れた人に会った別れた渋谷で会った別れたときとおんなじ雨の夜だった
・・・・友達が言う。「名曲だよね・・・でもさあ、こういう曲、もし今発表されたんだとしたらヒットしたと思う?」
・・・ああ・・どうなんだろう?


2011年08月20日

上野公園に来ています。セミがうるさい!ほとんどのセミが裸同然でほんのちょっとしか何か着ていません。
な〜んだ?


2010年10月02日
「吉野家」

吉野家の牛丼、ご飯の量は普通でいいから、のっているおかずの量を増やしてほしいという贅沢をしたくなる時がある。それは「アタマの大盛り」と呼ばれていて、メニューには載ってないが注文を受けてくれていた。どこの吉野家でも通用する専門用語なのだ。 先日その「アタマの大盛り」が食べたくなって吉野家に行き注文した。すると「すみません、今度からその注文が受けられなくなってしまいました。そのかわり、大盛りをご注文戴いて(大盛りはご飯もおかずも両方多い)ご飯の量を少なくすれば同じ物が出来ます」と言う。 「じゃそれで」ということで注文した。 やがて出来上がり、驚きの言葉とともに私の牛丼がカウンターに置かれた。 「大盛りのご飯少なめ、お待たせしました〜」


2010年07月10日
「わいはーに行く」


私の仕事場が某候補の選挙事務所になり、おもわず訪れた長期休暇。
奥さんと二人で旅行は三十数年ぶり。昨日帰ってきました。
新婚の気分は・・・・・
全然しませんが。笑
(写真はイメージです。人物は私ではありません。連れて行った人形です。)


2010年04月19日
「駅前留学するかなあ!」

SGT.GUNさんからの紹介でカタコトの日本語が話せる外人さんとプラモデルのことについて話す。

「MMKサンハ今モ、プラモデル作リマスカ?」
「No! ローガンネ、ローガン、 You know? スモールなパーツ、見えませ〜ん」

これじゃまるで社長シリーズのフランキー堺と小林桂樹だよ!


2010年03月30日

う〜寒い!暑さ寒さも彼岸までじゃなかったのか?

さきほどまで区と都の主催する駅前整備計画の説明会に出席。あまり地域のこととかに積極的な方ではないが、いろいろと引き受けざるをえないことも多い。
型通りの説明が終わって、これも型通りの質疑応答。
70歳代くらいの地元の女性有力者。
「広場の照明にはエコの見地からLEDを使うんでしょうね?」
環境デザイナー
「いえ、現段階では従来通りの照明方法を考えております。LED等はまだ実績も浅く、コストの面からも推移を見守り検討していきたいと考えております」
と、しごくもっともな答え。
オバサン
「エコのためにはLEDを使うべきだと思います!」 LEDはもういいから座んなよ。どこで覚えてきたんだよ。

今日じゃないけど警察署で防犯の会合での質疑応答。
やはり70代くらいの男性
「このまえ近所で行動の怪しい若い男を見かけたから注意をして見てたんですな。顔を見るとこれがなかなかのイケメン」

どうにも困ったもんだ。

私たちの世代はこういうことはないと自負している。しかし気をつけねば。

帰ってテレビを見ながら夕食。
ピーター・グレイブスが亡くなって、それで思い出したようにここ数日、奥さんが以前に録りためていた「スパイ大作戦」を何本か見ている。
とても面白い。改めて思ったことだが、何もそんな手のこんだ危険な作戦をしなくたって、解決する方法はありそうなもんだが。きっとこいつら、好きでわざとやってるんだな、ってこと。
それと指令の「このテープは自動的に消滅する」の言葉を最後にテープが燃えだしてしまうこと。
もし「よく聞こえなかった」とか「え?よく聞いてなかった」などといった場合はどうなるんだ?っていう心配。

くだらないこと考えるのが私たちの世代なのか?
ということもないんだろうが。


2010年03月02日
また「時そば」

出囃子(場内拍手)

え〜〜毎度お運びで有り難く存じますですが、

「この前はしくじっちまったからなあ。マクドナルトだってやがら。(場内笑い)
誰がナルトバーガーなんて食うかってんだ。今日はうまいことやりてえなあ。
お、早速そば屋が来やがったぞ。おーい、そばや」
「へい、何か御用で」
「何か御用かじゃねえよ。そば食べるから呼んだんじゃねえか。誰が背中掻いてもらいたくてそば屋を呼ぶかよ」(場内笑い)
「これはとんだ失礼を致しやした」
「で、何が出来るんだい?」
「出来ますものは花巻にしっぽくで」
「じゃあしっぽく熱くしてくんな。今日は冷えるなあ」
「今夜はあったかで」
「・・・そうなんだ、今夜はあったけえんだ。(場内笑い)
ところでこの店の屋号は何てんだい。的に矢が・・・描いてねえな。え? 何だって手織庵? 何だか知らねえが粋な名前つけたもんだね?
・・・・・おい、まだかよ、こちとら江戸っ子で気が短けえんだ」
「へい。お待ちどうさまでした」
「お、うれしいねえ、割ばし使ってるじゃねえか、きれいごとでいいやなあ、どこの誰が使ったか分からねえ箸なんて心持ちが悪いよなあ。どれどれ。ズッ、ズズッ、ズ〜〜〜
おーい、そばや」
「へい、何か御用で」
「何か御用かじゃねえよ。そば食べるから呼んだんじゃねえか。誰が背中掻いてもらいたくてそば屋を呼ぶかよ」
「これはとんだ失礼を致しやした」
「で、何が出来るんだい?」
「出来ますものは花巻にしっぽくで」
「じゃあしっぽく熱くしてくんな。今日は冷えるなあ」
「今夜はあったかで」
「・・・そうなんだ、今夜はあったけえんだ。
ところでこの店の屋号は何てんだい。的に矢が・・・描いてねえな。え? 何だって手織庵? 何だか知らねえが粋な名前つけたもんだね?
  ・・・・・おい、まだかよ、こちとら江戸っ子で気が短けえんだ」
「へい。お待ちどうさまでした」
「お、うれしいねえ、割ばし使ってるじゃねえか、きれいごとでいいやなあ、どこの誰が使ったか分からねえ箸なんて心持ちが悪いよなあ。どれどれ。ズッ、ズズッ、ズ〜〜〜
・・・・・・・ちょ、ちょっと待ってくれ、おかしいなあ・・・俺、同じことを二度やらなかったかい?」
「へい、そのようで」
「なんだっておんなじことくり返しちまったんだろうなあ」
「・・・またやっちめえやがった」
「なんだい、その、またやっちめえやがったってのは」
「へい、実はお客さん、ここだけの話ですがね」
「おう、なんでえ」
「あっしの打つそばは特別、のどごしがいいんで」
「うん、たしかにノドにツルツルって入って行ってうまかったよ。それがどうしたい」
「お客さんはアインシュタインの法則ってのをご存知で?」
「アインシュタイン〜〜〜??」(場内笑い)
「へい、アインシュタインでやす。相対性理論ってやつです。物体は速度を増すごとに時間の進みかたがゆっくりになりやす」
「おめえ、何者なんだ? うん、それで?」
「へい、それで物体の移動が光速にまで達すると時間は・・・」
「うん、光速になると時間は」
「停止してしまうんです」
「そうだったのか! う〜ん、それで、もしもだよ、もしも物体の速度が光速を超えたりしたらどうなるんでえ」
「旦那、いい質問です。物体の速度が光速を超えたりしたら、理論的に時間は逆戻りするんですな」
「逆戻り!つまり過去へ戻るんだな」
「へい、旦那がそばをたぐった時、江戸っ子の気の短さで勢いよくすすったのと、あっしの打ったそばがのどごしがよく、摩擦係数がゼロに近かったんで、そばが一瞬、光速を超えたんでしょう。で、同じことが二度・・」
「そうだったのか! それで同じことを二度・・・そいつぁまさに時そば・・・そりゃあいいんだが、おう、そば屋、なんだか腹ん中が重たくなってきやがった!」
「そいつぁいけねえ!旦那! アインシュタインの相対性理論だと物体が光速に達し、時間が停止するのと同時に、質量は無限大になるんです!」
「無限大〜〜!!」(場内笑い)
「ちきしょう、まだ時間が逆行してやがるんだな! いいですかい? お客さん、たった一つだけ元通りの世界に帰れる方法がある。お、曇ってきやがった、そろそろだな。いいですかい、もうすぐ夕立が来るんでさ。そしたら雷が鳴るはずだ。そしたらお客さん、かまぁねえからこの屋台に乗っておくんなさい。あっしが屋台を引いて雷の落ちる方向へ全速で走りやす。おっ、来た来た!雷だ! 説明してる暇はねえんでさ! さ、乗っておくんなさい。いいですか? しっかりつかまって! 引きやすよ!
せえの!ゴーーーーッ!(そば屋、走る様子)
おおっ、雷だ!」
ガラガラガラガラ、ピッシャーン!
「マーティーッ!」
「ドクーッ!」

誰がマーティーだってんで、(場内爆笑)
とにかく無事元の世界に戻り、念願の高尾を身請けし、所帯を持つのはまだこれから半年後のことでございます。

ハネ太鼓(場内拍手)

(C) 2010 OGIKUBOTOHO (笑)

注1 古典落語の時代に街を流すそば屋は、このように明星チャルメラの屋台のようなリヤカーではなく、道具を振り分けにして担いでいたのですが、そこは目をつむってください。
注2 手織庵(ておりあん)という屋号は映画バックトゥザフューチャーにヒントがあります。
注3 相対性理論についてはいいかげんに書いてあります。



2010年01月19日
「作るのは勝手だけど」

1月16日(土曜日)
Sさん、Mさん、Kさんと飲み会。
会場は新宿の、ある落語的に由緒ある居酒屋。
Sさん、Mさんは落語に凝っていて、私もいろいろ最近の落語界の話をきいて勉強になる。
Sさんから立川談志の番組を録画したDVDをいただいて、今もそれを見ながら書いている。
飲み会の別れ際、Mさんと新宿駅のホームの喫煙所(今でもあるんですなあ、これが)で「落語やりたいよね」「どんなのがいいですかね」「新作作るっての、できないかなあ」などと戯言を語り合う。
聞いていて恥ずかしくない、人を楽しませる落語なんて才能ある人が長い期間修行して、やっと出来るか出来ないかのもの。それは分かっているんだけど、まねごとをしてみたいのもファン心理。 考えてみれば自主映画作るのと同じ心理ですね。笑。

「そば〜〜ェ〜、そば〜〜〜ッ」
「おっ、そば屋が来やがったな。昨夜(ゆうべ)の野郎、うまくやりやがったからなあ。オレもひとつやってみるかなあ。おう、そば屋!」
「へい、いらっしゃい」
「寒いなあ」
「今夜はあったかで」
「そうなんだ。今夜はあったけェんだ。ん〜〜、で、何が出来るんだ」
「出来ますものは花巻にしっぽく、それに『ときそば』が出来ますんで」
「ときそば〜〜?」(場内、笑)
「へい、ときそばで」
「あ、ほんとだ、ここに『ときそば始めました』って書いてやがら。こいつァおあつらえ向きじゃあねえか、んじゃあ、そのときそばってえの、熱くしてくれ」
「へい」
「へえ、ときそばってえのが本当にあるとは驚いたね。でも気をつけなきゃいけねえよな。勘定ん時に逆に余計に取られないようになあ・・」
「へい、お待ちどおさまです」
「おっ、もう出来たのかい?早ェなあ、どれどれ
おっ、いいドンブリ使ってるねえ!食いものは器で食わせるってえからなあ、うれしいじゃねえか、おっ、割ばし使ってるね! うれしいねえ! 近頃はエコだかなんだか知らねえけど、プラスチックの箸だもんなあ! 特にソバなんかはすべって食いにくくっていけねえよなあ」(場内、笑いと拍手)
「どれどれ、ズッ、ズズッ、ズズ〜〜!
ん、こりゃ旨いや。ズルズル、いいだし使ってるなあ。
ん? 何か肉が入ってるじゃねえか。鴨かい? 鴨じゃありません? 何の肉だい? 珍しい鳥の肉です? 何だい珍しい鳥って?・・・
おいおい! いけねえよ! そいつァいけねえよ」

バタバタバタ(走る様子)
「ああ、驚いた! 珍しい鳥の肉、食っちまったよ。案外オツな味だったけどね。あんなもの、どこから仕入れてくるんだい? それにしてもなんだか心持ちがよくねえよなあ。なんか口直しはねえかなあ・・・お、あそこにマクドナルドてえのがあるじゃねえか」

「いらっしゃいませ、マクドナルトへようこそ」
「え?マクドナルト? マクドナルドじゃねえのかい? 驚いたね、どうも。で、何が出来るんだい?
鳴門バーガーにフィレオ鳴門? 何だいそりゃ。じゃあフィレオ鳴門、熱くしてくれ。まさか珍しい鳥の肉なんか入ってねえだろうなあ。え? ご一緒にフラオド鳴門はいかがですか? いらねえやい、そんなもの!」(場内、笑)
「フィレオ、ワン、テイク、プリーズ、サンキュー」
「何人(なにじん)だ、おめえ」(場内、笑)
「え?フィレオ鳴門が出来たから手を出せ? 一つって言ったじゃねえか! 一緒に数えろ? ひー、ふー、みー、よー、いつ、むー、なな、やー、何時で? え?今八つくれえか? ここのつ、とお・・・そ、そんなに鳴門ばっかり食えるかあ〜〜〜!!」
(場内、爆笑、拍手)

(C) 2010 OGIKUBOTOHO (笑)


2010年01月09日
「テケテンテンテン・・」

大相撲初日の前日になると「触れ太鼓」(ふれだいこ)といって、呼び出しの人たち5◯6人が太鼓を叩き、明日の取り組みを触れて街を廻る。
私の地元荻窪には放駒(はなれごま)という相撲部屋があり、そこの呼び出しの人たちが廻る。
私の店にも来てくれる。死んだ親父が相撲の贔屓だったらしく、どうやらそのなごりのようだ。
私の店は飲食店で、たまたま居合わせたお客様はびっくりする。
その様子を見るのも楽しい。なにしろ狭い店に太鼓を叩きながら入ってきて「琴欧州にわあ〜豊ノ島じゃんぞ〜〜い」などと、本当に驚くような、よく通る大きな声でやってくれるのだからびっくりする。
しかし珍しいものを見ることができて喜んでくれるお客様がほとんどだ。
「いやあ、初めて見ました。いいものですねえ」
などと言ってくれる。喜んでもらえると私もうれしい。調子に乗って
「実は私、もと相撲取りなんですよ」
などと言うと
「あ、そうなんですか!」
と合点してくれる。
「いや、冗談です」
と言うとお客たちがドッと沸く。
実はこのジョーク、今までに何度もやっているのだ。笑。
私を知ってる方は納得でしょうが、この冗談が簡単に通じる体型、これをなんとかするのを今年の目標にするかなあ・・・。
というわけで、今年もよろしくお願いいたします。


2009年12月31日
「大晦日の恒例」

私の地元に「本村庵」というそば屋がある。駅から近くない住宅街の中にあって、立地は良くないのだが旨いという評判で普段から繁盛している。大晦日ともなると1〜2時間待ちは覚悟しなければならない。
今このそば屋の外で順番を待っているところだ。慣れない携帯での書き込みなので打ち間違いはご容赦を。
小学校の時の同級生三人で、このそば屋で年を越すのは多分30年以上欠かさずの恒例になっている。並んで順番を待ったりするのは好きではないが、この寒い中に店の外での順番待ちは話に花が咲いて嫌いではないし、自分なりの季節感があって楽しみにしているのだ。
おっと、友達が呼んでいる。
では皆さん、よいお年をお迎えください。


2009年11月03日
「4連休」


土、日、月、火と4連休させてもらった。

10月31日 土曜日
親戚に不幸があり葬儀。

11月1日 日曜日
1960年代頃の東宝映画が好きで、そのロケ地を探して歩くのを「聖地巡礼」と称し最近の趣味にしている。宗教ではない。
数十年経ったそのロケ現場に立ち「ああ、ここだったのか」と思うだけの遊びだ。
今は黒澤明監督の「天国と地獄」という作品の巡礼に凝っている。

今日は江ノ島方面を探索にドライブ。助手席にはカメラと画面のプリント。
11月だというのになんて暑さだ!

11月2日 月曜日
友人と人形町にお昼を食べに行く。
「聖地巡礼」とか言ってるわりに私は東京をまるで知らない。人形町も通ったことはあるけど、じっくり歩くのは初めてだ。
「芳味亭」という洋食屋さんに行く。創業昭和28年ということだが、この建物はもと何だったんだろう。和風の民家か料理屋にしか見えない。
畳に座布団でカニクリームコロッケを食べ、帰りに行列のできる店のたい焼きをかじる。

11月3日 火曜日
あっという間に連休最終日。何をしよう。
ものすごいいい天気だ。
おととい撮りのがした写真を撮りに、今日は電車でもう一度江ノ島に行こうと思う。
寄る年波か最近は疲れやすく、この4連休はゆっくり休養を、と思っていたのに何てアクティブな!


2009年07月30日
「神宮球場に行く」

母校である日大二高が夏の甲子園をかけた西東京の決勝に進んだ。相手は兄弟校である日大三高。

実は私は高校時代、応援団に籍をおいていた。まったくガラではない。しかも一応伝統ある日大系の応援団であったから、それほどチンタラした応援団でもなかった。けっこうビシッとした体育会系応援団だった。なんで応援団に入ったのだろう。今となってはよくわからない。
応援団であるから野球部の応援にはよく行った。クソ暑い中ガクラン着て、でっかい太鼓持って、でっかい校旗のケースを持って。40年以上経つのか。

決勝ともなれば行かずにはおれまい。当時の同学年の応援団員と現地で待ち合わせる。同学年は三人いたのだが、すでに一人は亡くしている。

12時試合開始なのだが仕事があるので1時過ぎに仕事場を出る。
試合はもう始まっているはずだ。千駄ヶ谷駅に1時半頃着く。間に合うだろうか。小走りに球場へ向かう。急がないと試合が終わってしまう。競技場ではみんなが私の来るのを待っている。神宮の競技場周辺。走る私。

ん? デジャヴか? 澄ちゃん、もうすぐ着くよ! あ、いやいや、どうやら妄想のようだ。笑。

神宮球場に着いたら6回表。18対0で負けていた。しかもそれまで完全試合。9回に2点かえしたものの19対2で完敗でした。


2009年06月10日
「梅雨入り」


今日6月10日、私の住む関東地方がいよいよ梅雨入りしたそうだ。「梅雨入り宣言」だ。
歳とると、皮肉っぽくなったり、すぐあげ足をとったりするようになるのであるが、何だろう「宣言」とは、と今回初めて思った。「宣言」の必要があるのだろうか。
何月何日と宣言されなくても「ああ、このごろ雨が多いよね。きっと梅雨だからだよね」じゃダメなんだろうか。

桜の「開花宣言」も同様。見れば分かる。


2009年04月29日
「続・画鋲よ2週間でサビろ!」

連休初日、今日は私の次女の挙式。
期待されていた新婦父親が取り乱しての号泣もなく、無事済ますことができた。4時50分披露宴開始。夕暮れ色に染まっていく海を見ながらの披露宴はなかなかの演出だった。

さて本題は例のウエボー(ウェルカム・ボード)だ。
K画伯から完成の知らせを受けて、彼女が住んでいる山梨へ「特急かいじ」でいただきにうかがう。駅まで車で迎えに来ていただいていて、彼女の自宅で作品に対面。
うん、やっぱりすごい。
新郎は横浜の出身なので「ハマの若大将」というわけだ。
製作途中の頃、電話で
「それぞれのご両親も入れたいんですけど」
「でもそれじゃあ、6人も似顔を描かなきゃならないから大変じゃない?」
「サービスしときます」
というわけで私も描いてある。
わしってこんなに腹出てないよ!いや、家族の意見だともっと出てるらしい。控え目なのか、これで・・。
そこ以外はとてもいい!すごく気に入った。似顔の出来も完璧だ。なんでこんなことが出来るんだろ。
いろいろなことが詰め込まれている。さすがよく分かってる。
Kさん、ありがとうございました。
もう一つ思ったこと。Kさん車の運転、すごくうまい!

さて作品を持ち帰った翌日、早速拡大コピーでポスター大(半裁という大きさ)に伸ばす。例の看板に例の画鋲で貼付ける。
あらかじめ用意しておいた合成によるスチール写真も配置する。
ポスターをポストカードにして列席者の方々に持って行ってもらうカードホルダーも作った。

完成だ。これはいいよ。眺めながらしばらくぼう然となる。


2009年04月13日
「画鋲よ2週間でサビろ!」

以前にもお話したことがあるが、次女が結婚することになった。
日取りは今月の29日。ずいぶん先のことだと思っていたが、いつのまにか迫ってきた。
挙式でも披露宴でも、新婦の父というものは、セレモニー的に特にやることはないらしい。やるとすれば号泣くらいのものだが、それは避けようと思っている。

私等の頃はなかったが、近頃は披露宴で「ウェルカムボード」というものを飾ることもあるようだ。新郎新婦の似顔絵が描いてあったりするらしい。
やることがないんだったら、せめてそのウェルカムボードとやらでも手配させてもらうことにするか。

似顔絵と聞いてすぐに思いついたのが、イラストレーターであるKさん。彼女の似顔絵は定評がある。実際これまでも何点かウェルカムボードを頼まれたことがあるそうだ。
うん、彼女に頼もう!これはいい!早速お願いする。

「ウェルカムボードのコツはね、実際より1〜2割増しに描くことなんですよ」
「あはは、なるほどね。よろしくお願いします」

彼女も私も1960年代くらいの東宝映画ファン。当時の映画ポスター風にデザインしてもらうことにした。
1960年代くらいの雰囲気のポスターだったら、ただ額にいれて飾るのではなく、それにふさわしい看板にしたい。私はそのポスターを貼る看板を用意することに。

当時は木で枠組みを作ってベニヤ板とかトタン板を貼付け、そこにポスターを貼った看板が、映画館の前や街角に立てかけてあった気がする。
看板本体は自分で作ろうと思ったが、すぐ近所に看板屋があるので寸法、材質を指定して発注。理想的なのが出来てきた。
しかし理想的なのであるが、真っ白に塗られたそのままでは何か物足りない。
使い込まれて、時代の経過を物語っているようなものにしたい。
またしてもモデラーの性(さが)がウズウズと騒ぎ出す。

「汚そうじゃないか」

はたして汚い看板なぞ、祝福され、厳かで華やかな披露宴会場にふさわしいものなのだろうか。
そんな疑問はモデラーの性の前では一瞬で吹っ飛んでしまう。

今日半日かけて看板を汚した。
汚すといっても難しい。これまで幾多のモデラー達は経年変化による錆、汚れ、破損、変色、退色などの自然な表現に命をかけてきた。(いや、ホント)
看板は模型ではないが、実物大の模型のような気持ちだ。

よし、だいたいオッケーだ。
ポスターは今週中には画伯が仕上げてくれる。それを実際のポスター大に拡大カラーコピーして貼付ける。

貼るのは糊でなく画鋲がいいだろう。しかし現在の画鋲のようにプラスチックのやつでは困る。頭の平らな金属製のやつだ。それも金色にピカピカしていたのではダメだ。錆びていなければいけない。よし、錆びさせよう。
画鋲の頭をヤスって地肌を出す。水をふりかけ、さらに食塩をたっぷりふりかける。
おお、なんと一晩で少しだが錆が出始めている!
うわはは、錆びろ!錆びろ!あと2週間。錆で真っ茶色になれ〜〜〜!!!
(大丈夫です。笑)


2009年01月07日
「横浜ベイスターズじゃないよ」

「パチンコ加山雄三」のおかげで、近頃は巷に我が敬愛してやまない若大将のCMやポスターをよく見かけるようになり、大変喜ばしいかぎりだ。
さてエレキシリーズ第2弾だ。笑。

エレキといえば「エレキの若大将」。K山雄三さんが(今さら 伏せ字にしてどうなる。笑)赤いベストを身に着けてエレキギターを構えている構図は有名だと思いますが、・・え?何!知らない!
それはいけませんね。ではちょっと説明しましょう。
当館のお客様ならお分かりの方も多いと思いますが。

映画「エレキの若大将」関連でK山雄三さんはトレードマークのようにして赤いベストを着ています。しかしどれも同じベストかというとそうではなく、少なくとも3種類あるようです。
まず映画の中で若大将達のバンドがテレビのエレキ合戦に出場することになります。その時着ていたユニフォームが一番左の写真です。ただの赤いチョッキです。
次に真ん中の写真。これは遠目には赤く見えますが、良く見ると赤黒の千鳥格子になっています。ポスターやレコードのジャケットに使われました。
そして一番右のはやはりポスターとか、映画の予告編で使われたベスト。「YB」とイニシャルが入ってます。「YB」とは若大将達のバンド名「ヤングビーツ」。正式には「石山新次郎とヤングビーツ」といいます。石山新次郎というのは青大将の名前です。



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