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  聖地巡礼  天国と地獄・ 別巻  (1963)監督・黒澤 明

こちらは 「聖地巡礼・天国と地獄」別巻 です。

「聖地巡礼・天国と地獄」では作品中の一コマを「できるだけ作品と同じ画角で現在と比較する」という、はたしてどういう意味があるのか、ないのか、よく分からないことに拘り、コツコツ、ウダウダとやってきました。ところがあまりクドクドとやっているうちに、1ページに収めるには少し長くなりすぎてきました。
それに、いろいろ調べているうちに、新旧の比較画面紹介にとどまらない紹介したい事柄がズルズルと出てきたのです。

そこでこちらでは「天国と地獄」を「画角」と「ストーリーライン」にはこだわらずに、調べている過程で知る事ができたこと、自分なりに推測したこと、教えていただいたエピソードなどなど、「天国と地獄」を楽しむ上でさらに興味をかきたたせてくれそうな事柄を紹介させていただきたいと思っています。

目次



 浅間台の権藤邸はどこにあったのか

「天国と地獄」に登場する主人公、権藤金吾(三船敏郎)の住居は設定上「横浜市西区浅間台」ということになっています。
「聖地巡礼・天国と地獄」ですでに書きましたが、屋外に作られた「権藤邸」は二つあります。

一つは設定通り、浅間台に建てられたセットで、サロンの窓越しや、庭から横浜市内を見おろすシーンに使われています。セットとは言っても室内は綿密に作られ、映画を見ていると、まるで見晴らしのよい場所に建つ実際の邸宅を借り切って撮影されたかのようです。しかし外からは玄関周り以外は写されていませんので、外装は簡単なものだったのかもしれません。

もう一つは南太田に建てられ、こちらは犯人竹内(山崎努)や、捜査中の刑事たちが権藤邸を見上げるシーンに使われています。浅間台のセットとは逆に外観に重点がおかれたセットです。しかし遠景ですが室内で子供が遊ぶ様子が見えるシーンがあるので、室内も簡単には作られていたと思われます。

ここでは浅間台に建てられたセットについて考えてみます。
浅間台で現在はマンションになっている地点があるのですが、そこが「浅間台の権藤邸建設地点」というのが定説になっています。
定説は確かなようですし、実は確かな証言もあるのですが、私たちなりに(この検証については横浜在住のHさんの絶大な協力を得ています)もう一度検証してみることにしました。

「浅間台の権藤邸」の位置を特定するには、このセットから見える景色がおおいに参考になります。
邸内から撮影されたショットでも外の景色が見えますが、一番参考になるのは職を追われた権藤氏が庭の芝を刈っているシーンです(開始から1:27)。ここでは権藤氏が芝刈り機を持って左右に移動し、カメラもそれにつれてパンするので広範囲の景色を見ることができます。
それと、オープニングのタイトルバックで、この権藤邸の位置から撮影されたショットもいくつかあり、それらを組み合わせて「権藤邸から見えるパノラマ写真」を作ってみました。
そしてその左右の範囲に合わせて、現在権藤邸の位置に建つマンションから撮影(2014年7月22日撮影)した様子と対比してみました。
下の画像をクリックしてください。拡大画像が表示されます。



↓ このパノラマ写真から見える物件に説明を入れてみました。 それを地図上で照らし合わせたのが下の地図です。
これも画像をクリックすると拡大されます。



地図は横浜市公開の1964年の住宅地図です。映画公開の翌年ですので建物の形(特にここで重要なのは学校の校舎の配置。現在はいずれも建替えられている)に大きな変化はないようです。

そして権藤邸の方向的な位置を特定するために接点を設けてみました。なかなか方向的に一致する接点が見つからないのですが岡野中学校の校舎の角からやや北東寄り(塔屋の位置・パノラマ写真参照)と平沼高校の校舎の端が方向的に重なるので延長線を引いてみました。緑の線です。その線上には定説通りのマンションが建っていました!

Hさんの友人のお父様の証言
「家の真上にセットを作って、たしか外観はベニヤ板むき出しで撮影していたはず。あっという間に出来てあっという間に撤去された」
とのことです。Hさんの友人のお住まいの位置からして、浅間台の権藤邸はもうここで間違いなしです。


さて、1963年6月29日に横浜市を撮影した航空写真があります。
1963年6月29日というと「天国と地獄」が公開された4ヶ月程後ということになります。(1963年3月1日公開)
試しに権藤邸のセットが建っていたとされる位置を見てみました。 その付近を現在の地図と並べて比べてみましょう。
右側、1963年6月29日撮影の航空写真で権藤邸があったと推定される位置に何か建物が写っています。大きさ的には、まあ、権藤邸くらいの。
これ、何でしょう。もしかしたら・・・・さあ、面白くなってきました。



現在、この位置には先ほどから書いているマンションが建てられています。このマンション、調べてみると1975年2月に竣工したようです。「天国と地獄」公開から約12年後です。
この航空写真に写っている建物が、権藤邸のセットがまだ取り壊されずに残っているのではなく、セット取り壊し後、すぐに(航空写真撮影日の1963年6月29日に間に合うように大急ぎで)建った新しい建物だとしたら、マンションの建築期間も考慮に入れ、長く見積もっても築10年くらいでまた取り壊されることになります。有り得ないことではないでしょうが。



Hさんの友人のお父様の「あっという間に出来てあっという間に撤去された」という証言があります。
しかし実物と見まごうような豪邸が建てられ、何ヶ月かで惜しげもなく壊されたとしたら、それこそ「あっという間」と感じても不思議ではないような気はします。




そしてそしてさらにHさんから耳寄りな情報が!
「ちい散歩」というテレビ番組がありましたが、その中の2011年12月19日放送分で地井武男氏は浅間町を歩いています。地井氏が
「仲代(達矢)さんも俳優座の先輩だったし、山崎(努)さんも俳優座の先輩だったから、ものすごく誇らしく見たのよ。自分の先輩たちがこんな映画に出てるって。すげえなあって思って。・・・なるほどなあ、昔の黒澤さんの映画の『天国と地獄』の三船さんの邸宅から下を望という景色ではもう今はないですが・・」と説明していると、ご近所に住んでいる年配のご婦人が通りかかります。
「今日は浅間台なの? ここ上がってくとねえ、昔『天国と地獄』って撮影したとこなの。で隣が黒澤明さんが持ってたんだけど、今はもうライオンズマンションが出来ちゃって・・」
えっ??黒澤さんが持っていて!!
「隣」というのは敷地の隅の方(南側)にセットが建てられ、セット取り壊し後、敷地全体にマンションが建てられたので「隣」というイメージになったのではないでしょうか。実際、権藤邸のセットは現在建っているマンション建物の南端内部に位置していました。
権藤邸のセットが建てられたのは黒澤監督の所有地だったようなのです。テレビで放送されたのですから、おそらく裏付けはとれている事実のように思うのですが。いやあ、そうだったのかあ!

「ちい散歩」YouTube動画





 その権藤邸の位置から撮影したテレビドラマがあった

そのテレビドラマとは「俺たちの勲章」。1975年に日本テレビ系列で放送された刑事ドラマです。松田優作、中村雅俊が刑事役として主演しています。
下の画像はその中の「第7話・陽のあたる家」からのものです。
中村雅俊さんは「天国と地獄」の権藤邸セットの跡地に建てられたマンションのベランダにいます!
「天国と地獄」の画面にも写っている「横浜市立岡野中学校」と「神奈川県立平沼高校」の二つの学校が同じ位置関係で見えています。





↑ 「俺たちの勲章」の中で写し出されるマンションの画像です。前述したようにこのマンション、1975年に竣工なので出来立てのホヤホヤだったわけです。この画像はマンションを東側(学校がある方向)から見たところです。マンションのすぐ左側に権藤邸に似た建物が写っていますが、これは違います。



↑ 左の画像は「天国と地獄」の権藤邸内で、権藤の息子純と、運転手の息子進一が西部劇ごっこをしている場面です。進一が倒れているところの窓の外、すぐ近くの所に木造の建物の屋根が見えます。そして右の「俺たちの勲章」からの画像、同じ屋根が見えています。
この屋根は「天国と地獄」では権藤邸、そして「俺たちの勲章」ではマンションのすぐ隣と言ってよい位置にある「横浜市立浅間台小学校」です。現在では鉄筋の校舎になっています。



私は松田優作、中村雅俊のテレビドラマ、しかもカラー作品というと、天国と地獄が公開された1963年と、現在との中間くらいの時代かな、という印象なのですが、よく考えてみると「俺たちの勲章」は1975年の作品なので全然中間ではなくて、ずっと「天国と地獄」寄りの時期なのですね。「天国と地獄」から12年後の作品ということになります。
道理で、と言っていいかどうか分かりませんが、ドラマに写し出される景色は「天国と地獄」の時代と大きくは変わっていません。中村雅俊さんの向こうには「天国と地獄」にあったような工場地帯も見えます。この辺は現在の「みなとみらい」です。
Hさんは「本当に当時は『天国と地獄』の世界でした。1980年代になってから急激に変わりましたね」と言います。

「俺たちの勲章」は東宝が制作したドラマです。このマンションが使われたのはその関係かどうかは定かではありませんが、このマンションが登場する「第7話・陽のあたる家」は違う監督ですが、出目昌伸氏が監督をしている回が二話あります。出目氏は黒澤監督の元で助監督を務められていた方です。
また、主演の松田優作さんは黒澤監督を崇拝していて、六月劇場の研修生だったころ、黒澤明監督の自宅を訪問し、3日間座り込んで弟子入りを迫ったという経歴の持ち主です。
こう考えると「偶然、同じロケ地だった」ではないような気がします。
しかし少なくとも「俺たちの勲章」のスタッフや出演者の間では『ここはあの『天国と地獄』の権藤邸のセットが建てられた場所らしいよ』と会話がされたであろうことは確かでしょう。

(協力:原田教隆さん 文中・Hさん)






 刑事が乗るクラウン、外観用と室内用では別車種



田口(石山健二郎),荒井(木村功)の両刑事は車で捜査を行います。
使用する車種は黒塗りのトヨペット・クラウン。「観音開き」と呼ばれる初代のクラウン。説明するまでもなく当時の日本を代表する4ドアセダンです。
車内のシーンで、後部座席から前方を撮影したように見えるショットが何回か出てきます。運転席と助手席に並んで座る二人の刑事の後姿が写っています。

情報を提供していただいたTさんは疑問に思いました。

「後部座席に当時のカメラが載ったか? クラウンのワゴンタイプ『マスターライン』ならその点は問題ないですが・・」

おお、なるほど!たとえクラウンの後部座席にカメラが載ったとしても前席の二人を同時に捉えるほどの距離を確保するのは難しいように思えます。ファインダーなどとても覗けないでしょう。やはりワゴンタイプなのか? 乗用車タイプの「クラウン」とワゴンタイプの「マスターライン」、後ろ半分は大きく違いますが、前半分は基本的に同じで見分けは付きにくいのです。

見つけました!
下の場面、刑事のクラウンが横浜新道の料金所を通過します。田口刑事は料金所係に警察手帳を見せます。カメラは左に少しパンします。その時、矢印の所に二本(片側)のバーが取り付けられているのが画面に現れます。これは積荷から窓ガラスを保護するガードで、ワゴンタイプ(マスターライン)特有のもの。セダンタイプ(クラウン)には無いものです。

さらにTさんは。
「ダッシュボードには筆記体でTOYOPET CROWNとありますが・・」
そうなのです!クラウンベースのワゴンタイプはクラウンの名は付かなく「トヨペット・マスターライン」。だからこのパネルもセダンタイプの物に付け替えてあると思われるのです。いや、すごいな!
ちなみにこのパネルはオプションでラジオが付く場所です。





(情報提供:高橋修二さん・文中Tさん)






 トヨタタイアップ説



この映画ではトヨタ車をよく見かけます。刑事が捜査に使用しているクラウンもそうですし、犯人が逃走に使用したのもクラウンです。その映像や「灰色のトヨペットクラウン59年型」というセリフも登場します。「坊やが乗せられた自動車はこれだろ?」とクラウンのカタログまで出てきます。気をつけてみると他にトヨタのトラックなども登場します。
ロケ地探しに協力していただいたHさんは、これはちょっとトヨタ車が出過ぎではないかと「トヨタタイアップ説」を推測しています。
前項で二人の刑事が乗っているクラウンの室内シーンは、実は乗用車タイプのクラウンではなく、クラウンのワゴンタイプ「マスターライン」を使用しているということを書きました。室内シーンで写るダッシュボードの「TOYOPET CROWN」のパネルはマスターラインには付いてなく、乗用車タイプのものに付け替えられている可能性があります。

Hさんは推測します。
「ひょっとしたらダッシュボードのパネル交換は、黒澤的なこだわりではなくトヨタとのタイアップが関係しているのかもしれませんね。 スクリーンで「TOYOPET CROWN」のパネルが映れば相当の宣伝効果ですよ。
オープニングの風景で「横浜トヨペット本社」のネオン看板も映りますしね。 映画館のスクリーンで見れば看板文字が普通に読めるはず? あと、映画では夕方っぽいけど、実際には明るい時間帯なのに(他のオープニング場面で高校の生徒が運動しているショットがある)横浜トヨペットのネオン看板だけが全点灯しています」
なるほど、タイアップ説、説得力ありますね。日産の人は「何故セドリックを出さない」と思ったかもしれません。




タイアップで思い出したことがあります。
若大将シリーズの中の一本で「日本一の若大将」(天国と地獄公開の前年、1962年公開)という作品があります。
澄子(星由里子)はスポーツ用品店の店員で、ミゼットを運転しています。ミゼットのボディには「メトロスポーツ」「SILVANO」と描かれています。作品中に「メトロスポーツ」という店名の店舗も出てきます(セット)。

「天国と地獄」で竹内を刑事が尾行する伊勢佐木町のシーン(セット)で、竹内は突然、花屋に入ります。するとすかさず刑事の1人(名古屋章)が向かいの「METRO SPORTS」と描かれた商店の二階に駆け上がり、双眼鏡で花屋の店内を見張ります。その刑事が顔を出す二階の窓の横には「SILVANO」と描かれた看板が写っています。
「SILVANO」のロゴは「日本一の若大将」の時と同じです。
「メトロスポーツ」店舗のセットは両作品でそれぞれ別物のようで、セットを使い回しているわけではないようです。
現在、「メトロスポーツ」「SILVANO」を検索してもそれらしい記述は見あたりません。架空のメーカーなりブランドだったのなら、二つの作品に共通して出てくるのがどうも謎です。







 使われなかった横浜髙島屋配送部シーン



「警察には知らせるな」という犯人からの指示にもかかわらず、権藤氏は「運転手の子と分かったら、ゆすりの種にはならん」と指示を無視して警察を呼びます。すると警察はデパートの配送員を装い権藤邸を訪れます。上の画像はそのシーンです。
ところがそのシーンのたぶん直前の位置に、刑事たちがデパート(横浜髙島屋)に配送員の作業着と配送車を借りに来るシーンが存在したようで、実際に撮影もされていたらしいのです。
今回、いろいろご協力いただいたHさんはカメラマンをしてらして、以前、髙島屋宣伝部のお仕事をされていたそうです。その時に知り合われたデザイナーさんの奥様が横浜高島屋の元社員の方。(偶然にも映画にも登場する腰越漁港の網元の娘さん)
「その方に聞いた話なのですが閉店後に店内でロケがあったそうです。社員へのエキストラ出演要請もあって出演した社員が映画を見に行ったらそのシーンがすべてカットされていて憤慨したそうです」

そんなシーンがあったのですね。それがどのような映像だったのかぜひ見たいものです。何故カットされてしまったのでしょう。>
しかし、権藤氏が警察に通報する、すると次の場面では高島屋のトラックが権藤邸に来る、誰かと思えば警察の変装。という展開は確かにスピーディで鮮やかです。

(協力:原田教隆さん 文中・Hさん)





 ナショナルシューズの工場はどこで撮影されたのか



ボースンこと田口部長刑事は権藤氏の怨恨関係を捜査するために、権藤氏が常務を務める「ナショナルシューズ」の工場を訪れ、工員(東野英治郎)から権藤の評判を探るという場面です。
工場はセットではなく、実際の靴工場のように見えます。だとしたらこの工場はどこだったのか。
ここは日吉(神奈川県横浜市港北区日吉本町)にある大塚製靴の横浜工場です。
東京都立皮革技術センターの出版物に「かわとはきもの」という冊子があり、その中で大塚製靴に勤務されていたW氏による「詩歌・小説の中のはきもの」という連載があり、
「黒澤明・三船敏郎コンビの『天国と地獄』で映画化された、東野英治郎の登場する靴工場のシーンは、私が勤務していた横浜の工場で撮影された」
との記述を見つけることができました。
運転手の青木は浅間台と、この工場のある日吉へ往復していたわけです。
それにしても工場の外観が写るわけでもなく、ロケはどこの靴工場でもよかったはずですが、同じ横浜市内とはこだわったものです。

(協力:原田教隆さん 文中・Hさん)





 「天国と地獄」もう一つの楽しみ方

資料によると「天国と地獄」は1962年9月2日クランクイン。まず撮影所で権藤邸での密室劇の撮影が40日間行われたそうです。10月16日からは浅間台のオープンセットでの撮影。そして10月22日に「特急こだま」を借り切っての撮影。
江ノ島付近のロケ(青木親子の独自捜査、腰越漁協、腰越の別荘など)は12月初旬からとなっています。
そして年を越し、横浜県警の屋上シーンが1963年1月22日、伊勢佐木町、黄金町のオープンセットでの撮影は1月下旬の厳寒の中、ということになっています。
ロケシーンは冬に撮られているのですね。

ご存知のようにこの映画の設定は真夏です。刑事達は汗を拭き拭き捜査をします。ところが屋外撮影されたのは実は冬。俳優さんたちは寒いのに半袖を着て、さも暑そうに演技をしています。俳優さんばかりではありません。遠くにほんのちょっとだけ写るエキストラさん達も、もちろんちゃんと夏の服装をしています。このへんの「仕込み」は半端ではありません。

夏なのに実は冬。
スタジオの撮影では、その時の実際の季節と、描かれる季節とが違うことは普通にあることなのでしょうが、ロケで真逆の季節を再現するというのは何とスリリングなことでしょう。
ここを分かってこの作品を観るのと、分からないで観るのとでは、だいぶ違いがあると思うのです。

では「冬なのに夏に見せている」主だったロケシーンを見てみましょう。



↑ 上に挙げたのは、ほんの一例。一番左上に挙げたのはタイトルバックのシーンですが、道路を渡る白いワイシャツ姿の大量のエキストラには驚きます。一番右上は横浜新道料金所手前で休憩する人たち。こういう何気なく写っている人も、たまたまいた人ではないと思います。
下4枚。比較的大きく写っている通行人。真夏の服装をしています。暑そうな仕草で歩いていたり、日傘をさしていたり。自然な歩き方一つでも多分難しいもの。素人のエキストラではないでしょう。





↑ 刑事たちの捜査報告場面で、犯人が列車電話をかけたのは、有楽町のガード下にあるタバコ屋の赤電話だということが報告されます。その時に有楽町ロケのシーンが挿入されます。

まず、高架線路上を向こうからこちらに進んでくる山手線の車両が写ります。101系という車両です。車体色は現在の総武線カラーと同じカナリア・イエローのはずです。
先頭車両が画面中を通過するか、しないか、くらいのタイミングでカメラは下に振られ、ガード下のタバコ屋に向けられるというシーンです。全体で6秒くらいのワンカットです。
有楽町で待ち構えていたカメラは、電車が新橋方面からやってくると、絶妙のタイミングでカメラを下に振りタバコ屋を写します。全体では6秒くらいですが、その中で山手線が写るのは、最初のわずか1秒くらいです。しかもカメラが下に振られると同時に二人の刑事がタバコ屋に歩み寄ります。綱渡り的なタイミングです。素晴らしいです。

走行する山手線を見てみましょう。この時代、国電に冷房は付いていません。夏は風を入れるために窓を開けたものです。この画面でも窓を開けているのが分かります。冬なのに。
101系の窓は上下二段に分かれていて、開ける場合、通常は下側の窓を上に持ち上げて、上の窓と重なるようにします。下半分が開くわけです。実は上の窓も開きます。持ち上げると、窓の上の壁部分に収納されます。画面の右端の窓がその状態です。

想像ですが、撮影日、手前の新橋、あるいはもっと手前から、いや、おそらくかなり手前でしょう。関係者、あるいはバイトの人たちなどで先頭車両だけが埋め尽くされたのではないでしょうか。事実上、貸切状態しておいて、寒いのに窓を開けたのではないでしょうか。
運転席を見てみましょう。運転手がうっすら写ってます。分かりやすいように拡大してコントラストを上げてみました。ネクタイをして上着を着ています。やはり冬です。乗務員の乗降用扉の窓(開ける時はガラス部分を下に落とし込む式)は開いています。これは国鉄にお願いしたのか?





↑ 夏に見せている電車ネタをもう一つ。
ボースンと荒井刑事が海岸沿いに車を停めます。三角窓はもちろん開けています。寒いのに。
(三角窓についてちょっと説明しましょう。今の乗用車にはありませんが、フロントピラーの直後に付いている三角形の窓で、上下に支点があり、くるっと回して斜めに開けることができます。車にエアコンなど一般にはまだ付いていない時代、暑い時は開けて風の入りをよくしたのです。ミニバンなどには現在も三角窓のようなものはありますが、ハメコロシ窓になっていて開かないです)
ボースンたちの車と並走して、後ろに江ノ電が通ります。江ノ電の乗客も全員白っぽい夏の服装。静止画では分からないのですが、窓際に扇子であおいでいる乗客もいます。芸が細かいなあ!
江ノ電の運転手!白っぽい夏服です!これは貸切りか!?貸切りは「特急こだま」だけではなかったのか!?
ちなみに青矢印のところに女の人が一人立っていますが、これは多分ここにお住まいの人の見物で仕込みではないでしょう。
この場面に登場する江ノ電100形の107号車、現在は鎌倉市に寄贈され、鎌倉海浜公園に展示されています。この画面に映っている車両、そのものに出会うことができます。(Tさん情報)





↑ しかしちょっとした失敗を見つけるのも楽しみのうちです。
画像の場面は刑事達が夜の横浜伊勢佐木町で、犯人竹内を尾行をするシーン。
砧の東宝撮影所屋外にある「東宝銀座」と呼ばれる銀座を模した街角のセットを、伊勢佐木町風に改造して撮影したそうです。私は最初、これがセットだとは信じられませんでした。
このオープンセットでの撮影は1月下旬ということになっています。犯人や刑事達、通行人は真夏の服装で演技しています。しかし1月末の夜は極寒も極寒。吐く息が白くならないように口に氷を含んで演技をしたらしいです。
しかし、うだるような暑さの真夏の伊勢佐木町で尾行する刑事の口から、煙草も吸ってないのに一瞬、白い息が出てしまうのでありました・・・

そういえば黒澤監督のもう一つの刑事作品「野良犬」も真夏ですね。村上刑事役の三船敏郎がギラつく太陽の下で捜査するのが印象的でした。執念を燃やす困難な捜査は夏に限ります。





 モノ言わぬディテールが物語を作る

面白い脚本があって、俳優が熱演をして、だけでは物語に入り込め、印象に深く残る面白い映画が出来るものではないと思うのです。
特にこの「天国と地獄」のように身近な現在(当時として)の日本、東京とはまた違った横浜という地域、出演者たちの平凡ではない立場、が設定としてあるのであれば、それが自然に伝わる「モノ」が大きな役割を果たしているような気がします。「なんか不自然だな」とか「作り物っぽいな」と思わせてしまったらもうおしまいです。どんな「モノ」が物語を作り上げているのか探してみることにしました。




↑ 脅迫電話、こだま号の列車電話など、この作品の中で「電話」は一つのキーワードになっています。
まず権藤邸にある電話機を見てみましょう。今見てもちょっとおしゃれな形をしています。
作品撮影の1962年から1963年当時の電話事業は日本電信電話公社で独占されており、電話機は電電公社からのレンタルでした。現在のように好きな電話機を家電店などで購入できるようになったのは1985年に電電公社が民営化されNTTになってからです。
作品撮影当時の電話機といえば、どの家庭でも商店でも会社でも、ほとんど画一的と言っていいほど1952年に供給が開始された「4号電話機」という、いわゆる黒電話(色のバリエーションはあったが)と呼ばれる機種でした。下の写真左がそれです。
撮影に間に合うかどうかギリギリの1963年にの新型の「600形電話機」(下の写真右)が登場しますが、これも権藤邸にあった電話機とは違います。



↑ 左が「4号電話機」、右が「600形電話機」です。ちょっと古い方なら見慣れている電話機ですよね。みんなこれでした。
では権藤邸で登場する電話機、これはどういう機種なのでしょう。 調べてみたのですが、実はよく解っていません。 電電公社が「4号電話機」「600形電話機」と並行して供給していたファッショナブル路線の機種なのか、あるいは海外から輸入された機種なのか。おそらく後者のような気はするのですが。
この電話機を見て当時の観客は「普通の電話機じゃない」と思ったはずです。さすが豪邸、と思わせるに十分な効果を果たした小道具と言えます。



↑ 同じ東宝の「社長シリーズ」にも権藤邸にある電話機と同じ機種のもの(おそらくは同じもの)が登場しています。この場面は「社長外遊記」(1963)(「天国と地獄」公開と同年)からのものです。
小林桂樹が赴任先のホノルルの自室から日本に電話しているシーンなのですが、この部屋はセット。日本で撮影されているのです。日本ではあまり見かけない電話機を使って雰囲気を出しています。
「天国と地獄」はモノクロだったので電話機の色はわかりませんでしたが、これを見ると淡いグリーンとグレーのツートンだったようです。



↑ こちらは「社長行状記」(1966)からの場面です。東野英治郎が社長室で同じ電話機で電話をしています。
「社長シリーズ」は、やや現実離れしていると言ってもいいようなモダンさと豪華さを堪能する作品、やはりそれを盛り上げる効果を発揮しています。

(協力・Mさん・Hさん)




↑ 浅間台に作られた権藤邸セット、横浜市街に向かって全面ガラス張り。豪華でモダンな造りです。
室内と屋外が同時に見えます。うまく明るさのバランスをとるために、スモークガラスが使われたそうです。権藤氏が窓を開けるカットがあります。その時、ガラスが二枚重なった部分が暗くなっているのでスモークガラスが使われていることが分かります。
豪邸とそこから見おろす下界、そのことを一つの画面の中で表現するのに、このスモークガラスがどうしても必要だったのです。
このスモークガラス、イギリスから取り寄せた高価なガラスだそうです。しかし誤って一枚割ってしまい、急いでイギリスから取り寄せたというエピソードがあります。





↑ 犯人が指定した暑さ7㎝以下の二個の鞄。捜査の手掛かりにするために、わざと目立つデザインにしています。これは「PORTER」ブランドで有名な吉田カバンの創業者である吉田吉蔵氏に特注したものだという事です。




↑ 身代金受け渡しの際、捜査の手がかりを掴むために特急の車中で8ミリカメラを回すボースン。
このカメラの機種は何なのか、という、まあこれはどうでもいいような話かもしれません。
映画の画面ではカメラの細部はよく分かりませんが、ボースンがカメラ操作の練習をしている写真がありました。これはカメラが鮮明に写っているので調べてみると、ヤシカの「8-EⅢ」という機種だとわかりました。
ズームレンズはまだ一般的ではなく、ターレットといって、焦点距離の違う3本のレンズを回転式に切り替えて使うようになっています。大小6本のレンズが見えますが大きい3本は撮影用、小さい3本はファインダー用ということらしいです。ボディ側面に見える大きい丸い物はゼンマイのネジ。フィルムの駆動はモーターではないのです。







↑ さて8ミリカメラの次は映写機です。ボースンが写した8ミリフィルムが権藤邸で上映されます。お手伝いさんや運転手に共犯者の心当たりがないか確認してもらうためです。そのシーンであまり鮮明ではありませんが映写機が見えます。
この映写機はアメリカの「Bell & Howell」社製(日本では「ベルハウエル」と呼ばれた)で、「#353」という機種のようです。
8ミリカメラ、映写機とも、ごく簡単な普及機ではありません。といって8ミリなのでプロ用ではないです。警察の「備品」として適切な選択だと思いました。

(協力・三浦さん・原田さん)





↑ 犯人、竹内がアパートの自室で事件捜査の経過が書かれた新聞を見ています。
窓の外に隣のアパートのトタン屋根が見え、その上に何か乗っているのが見えます。よく見るとこれ、米軍ジープのフロントグリルです。米軍関係の物が多くあった横浜という表現なのかもしれません。







↑ 竹内は捜査の進展状況が知りたくて、ラジオのスイッチを入れニュースを聞きます。
このラジオは何という機種なのか、という調査です。
これはシャープ(早川電機工業)製の真空管ラジオで「UC-228」という機種です。1959年の製品です。ピカピカの新製品というわけではありません。これを探すのには手間取りました。Hさん、Mさんにはちょっと苦労していただきました。

竹内が二つあるツマミのうち、左側のツマミを右に回してスイッチを入れます。スイッチ兼ボリュームです。ニュースが聞こえてきます。
しばらくすると竹内はニュースを途中から違う局に変えます。その時竹内は右側のツマミを回しています。これはチューニングツマミなのでそれらの操作は間違っていません。するとラジオからはシューベルトの「鱒」が流れます。「鱒」は竹内が自室に入る直前のシーン、川沿いを歩いている時にも聞こえていました。竹内は電気製品が道路にまで並べられた電気店の角を曲がってアパートに入ったのでした。「鱒」は電気店から聞こえたラジオ放送だったのですね。
ニュースのアナウンサーは田英夫氏です。田氏はのちにジャーナリスト、そして参議院議員になりましたが、作品撮影時は東京放送(TBS)の社員です。ということはニュースはAM放送のTBS(950kHz・当時)です。ニュースを聞くのをやめて違う局に変える時、竹内はツマミを左に回しているように見えます。ということは「鱒」はFEN(米軍極東放送・現AFN・810kHz)?
ところでこのシャープの「UC-228」は真空管ラジオですが、竹内がスイッチを入れて音が出るまでの間が、真空管式にしてはすこし短いようです。

(協力・原田さん・三浦さん)





↑ 犯人竹内は麻薬の取引のため、酒場に向かいます。ここは黄金町にあった「根岸家」という実在の店がモデルになっているそうで、米軍の外人客も多く、独特の雰囲気です。映画ではもちろんセットでの撮影です。
店内の壁にはいたる所にメニューと値段が書かれています。判読できるメニューを紹介しましょう。数字は値段です。

肉そば 150
鳥そば 150
五目そば 250
シューマイ 100
カツ丼 100
天丼 100
豚鍋 200
桜鍋 120
よせ鍋 170
ハヤシライス 100
チキンライス 100
オムライス 100
ハムライス 100
ポークライス 100
ハンバーグ 100
ポークカツ 100
ヤサイサラダ 100
ビフステーキ 300
ソーダクラッカー 40
コーヒーデミタス 50
洒落た飲みもの CALORIC PUNCH 150
生ビール 100
BOUR BON WHISKY 200
V・O 280
SUKIYAKI 200
FRIED RICE W/ SHRIMP 250
NIKKA 50
SUNTORY 100
BOUR BON 200
SCOTCH 300
NIKKA COKE 120
SUNTORY COKE 150
WHISKY SOUR 200
GON FIZZ 150
SLOEGIN FIZZ 200

このくらいの値段だったのですね。物価の変動がわかって面白いです。というか、セットを製作した美術の人が「種類とか値段、こんな感じだよね」と想像している様子がうかがえるようで面白いです。
麺類に比べてご飯ものは安いな。NIKKAはお得!。ハムライスって何だろ、ハム入りのケチャップライスかな? ハムをおかずに白いご飯、外人食べないだろうしな。といった感想です。





↑ 劇中で事件について書かれた新聞が何紙か映し出されます。
こういう画面はカット尺が短いので、観客は見出しだけしか読めないと想定して、小さい活字の本分は既成の新聞から転用し、関係のない記事が書かれている場合が多いように思います。しかしこの作品では本文もちゃんとこの事件に関してのことが載ってます。
映画の中で説明のない事柄を拾い集めてみました。
従来のDVDや標準画質のテレビ放送では読めなかった文字が、HD画質になって読めるようになりました。

◯ ナショナルシューズ常務取締役権藤金吾氏(四六)
◯ 県下横浜市稲荷山の同氏邸付近
◯ 有名な誘拐事件として、リンドバーグ事件やフランスの自動車王プジョオ事件のような大資本家から金を巻き上げようというのが大きな誘拐事件の特徴だが、金持のスケールという点で権藤氏の場合大分事情が違っている。
◯ 二人とも背格好は中肉中背、三十四、五才と推定される。言葉に関西訛りがあり、又、男の方は喋るときに眼をしばたく癖があるといはれる。
◯ 二個の鞄は茶色でタテ三十五センチ、ヨコ四十センチ、厚さ七センチで両面に百合模様の浮彫りがある。
◯ 五日午後六時すぎ横浜市中区阪東橋三の煙草屋の売り子増田和子さん(一八)が、昼間の売り上げを整理していたところ、たまたま前日県警から配布されてきた浅間台誘かい事件の手配中紙幣番号に記載されているのと同一番号の千円札一枚を発見、直ちに伊勢佐木署にとどけ出た。その番号はNE551930Zで去る三日権藤金吾さんが酒匂川堤防から投じた身代金中の千円札の一枚である。
(ちなみにこの記事は捜査本部発表なのだが、二紙が全く同じ文章)





 竹内逮捕シーンの音楽はプレスリーだった

クリックしてください。 クリックしてください。

ラスト近く、犯人竹内は警察の罠におびき寄せられ、腰越の別荘に向かいます。
別荘に近づくとラジオから流れる音楽が聞こえてきます。共犯者がまだ生きていると見せかける警察の罠なのですね。 「0時15分、ミッドナイトミュージック」とラジオは番組のタイトルを告げ、音楽を流し始めます。曲はナポリ民謡の「オー・ソレ・ミオ」。
始めの方は、いかにもラジオの音なのですが、だんだんと音質が良くなり、音量も上がり、いつのまにか劇中のバックグラウンドミュージックになります。心憎い演出です。

ここでの曲、実は最初、エルヴィス・プレスリーが唄う「オー・ソレ・ミオ」(プレスリー版のタイトルは「 It's Now or Never 」1960年のヒット曲)の予定だったのだそうです。 しかしプレスリーを使うと高い著作権料を払わなければならない。そこで音楽の佐藤勝は黒澤から「プレスリーが唄っているような感じで作ってよ」と頼まれ、新たに録音された演奏があのシーンで流れる曲なのだという話をききました。
プレスリー版を聞いてみるとアレンジがそっくりなので驚きます。というか、プレスリーが先なのですが。





 自動車図鑑(登場順)

「天国と地獄」にはどんな自動車が登場するのかを見てみましょう。「天国と地獄」は言うまでもなく「現代劇」です。時代の設定は映画が製作された1962年、及び1963年の「現在」。過去の時代を再現しているわけではないので、撮影しているその時代で「こういう人はこういう車に乗っている」という生の認識で選択された車が登場してきます。





開始から0:09に登場
プリムス ヒューリー 1962年型 (ゼネラル・モーターズ)

常務である権藤氏に、会社乗っ取りの目論見話を持ち込んだ三人の重役は、追い返されるようにして権藤邸を出ます。その時に重役達が乗ってきた車です。運転手付きです。ナショナルシューズの社用車、あるいは三人の重役の中の誰かが個人で所有している車なのかは説明されていません。






開始から0:19に登場
ニッサントラック580型シリーズ 1955年より製造 (日産自動車)

誘拐の通報を受けた警察は、デパートの配送員を装って権藤邸に入ります。その時に使われた横浜高島屋のトラックです。
同店は撮影に協力しているので、このトラックはおそらく本物と思われます。日産車です。前述した「トヨタタイアップ説」が事実だとしても、本物が日産製なのでは仕方がなかったのでしょう。






開始から1:00に登場
オペル カピテーン 1959年から1963年まで製造 (オペル)

人質の進一が解放され、「こだま」に乗車していた権藤氏と刑事らは車で酒匂川に駆けつけます。
画面をよく見るとこの車は神奈川ナンバーだということが分かります。事件があっても「こだま」が予定通り運転されたとすると、カバンを投げた酒匂川通過後、特急の次の停車駅は熱海、静岡県です。そこで権藤氏と刑事が下車し、車で酒匂川に向かったとなると、静岡県警に協力を要請して出してもう静岡ナンバーの警察車両のはずです。しかしこの車は神奈川ナンバー。何故でしょう。考えられるのは一刻も早く進一を保護し、犯人を追うため、熱海まで待たずに手前の小田原(神奈川県)で特急を非常停車、車中であらかじめ要請していおいた静岡県警に小田原駅まで車を差し向けてもらい、使用したということでしょうか。
いずれにせよこの車を運転している男、初めて見る顔です。この事件を担当している刑事ではないようです。前を向いたまま、感情を表しません。権藤氏が酒匂川沿いを進一に向かって走って行く時も、戸倉警部をはじめ、事件を担当している他の刑事たちは皆、車から降りて走って行く権藤氏を見つめますが、運転手は車に乗ったままです。しかし白ナンバーなのでハイヤーでないことは確かです。
(Hさん・Mさん推測)






開始から1:10に登場
ダッジ ダート 1960年から1961年まで製造 (クライスラー)

戸倉警部と田口刑事が権藤邸からの帰り、稲荷坂を下るシーンに登場します。
権藤邸には戸倉警部と田口刑事の二名が訪れていたのですが、帰りの車中では、その二名は後部座席に乗り、誰と説明のない人が運転しています。
この車は物語の後半、夜の伊勢佐木町セットでの犯人追跡シーンで、車中で指揮をとっている戸倉警部らが乗っている車と同一です。






開始から1:16に登場
トヨペット クラウン(RS-20) 1959年型 (トヨタ自動車)

犯行に使われたのは灰色のトヨペットクラウン59年型ということで、同型の車を白バイの警官が確認するシーンに登場します。






開始から1:23に登場
トヨペット クラウン(RS-20) 1959年型 (トヨタ自動車)

犯行に使われた盗難車が乗り捨てられているのが見つかるシーンに登場。ナンバーは手配中の「神(神奈川)5 そ 3059」。先ほどの白バイシーンのクラウンとは同型、同色ですがナンバーが違う(白バイのシーンでは「神(神奈川)5 す 3573」)ので別車と思われます。






開始から1:26に登場
トヨペット クラウン(RS-31) 1960年型 (トヨタ自動車)

田口刑事と新井刑事が捜査に使用する警察車両。黒塗りのクラウンです。
この初代クラウンは1955年から1962まで製造されましたが、マイナーチェンジを繰り返し、外形からは主にサイドモールの形状で年式が判別できます。






開始から1:27に登場
メルセデス・ベンツ 220S(W180) 1951年から1960年まで製造 (ダイムラー)

青木が運転する権藤氏所有の車です。権藤氏がこの車に乗っているシーンはないのですが、青木が息子を連れて捜査に協力しようとするシーンに登場します。
現在、メルセデス・ベンツのフラッグシップモデルは「Sクラス」と呼ばれていますが、それは1972年に「W116」という車種が発売されてからのことだそうです。
この権藤氏のベンツはそれ以前の「Sクラス」の源流ともいえるモデルとのこと。物語の中の権藤氏に相応しい車と言えそうです。当時のベンツは現在と比べると、さらに限られた層の人たちが乗る車だったのではないかと思います。






開始から1:27に登場
トヨペット マスターライン(RS-26) 1959年から1962年まで製造 (トヨタ自動車)

田口刑事と新井刑事が乗るクラウンの室内からの撮影用車両です。前述したようにセダンのクラウンでは後部座席からの撮影は困難で、クラウンをベースにしたライトバンのマスターラインが使用されたと思われます。
(「刑事が乗るクラウン、外観用と室内用では別車種」の項参照 )






開始から1:29に登場
トヨタディーゼルトラック DA系 1960年以降型 (トヨタ自動車)

田口刑事と新井刑事が腰越の魚市場で漁協の職員に話を聞く場面に登場します。
魚市場にあったとしても、もちろん有り得ないことではないのですが、このトラック、汚れひとつないピカピカの新車です。フロントの「TOYOTA」の文字もはっきりと映ります。これも前述した「トヨタタイアップ説」の所以でもあったのです。






開始から1:54に登場
シボレー ベルエア 4ドアハードトップ 1960年型 (ゼネラル・モーターズ)

犯人竹内が務める病院で、竹内にニセの手紙を渡すシーンです。病院玄関に乗り付ける車が映ります。車種が分かりずらかったのですが、特徴のあるサイドモールの形状から判明しました。




開始から1:27から登場

酒場で麻薬の取引をし、中毒者がたむろしているシーン。その前後にオープンセットによる伊勢佐木町シーンがあります。ここでは車が溢れるように出てきます。ざっと数えても50台以上の自動車が行き来しています。ここは撮影所内です! その中からほんの一部を紹介してみます。



左:ミゼットMP型 1959年より発売(ダイハツ工業)
中:ブルーバード 310系 1959年より発売(日産自動車)
右:初代クラウン 1958年型(トヨタ自動車)



左:初代セドリック(前期型) 1960年型(日産自動車)
中:初代クラウン 1961年型(トヨタ自動車)
右:初代クラウン 1960年型(トヨタ自動車)



左:シボレー ベルエア 1957年型(ゼネラル・モーターズ)
中:二代目クラウン 1962年型(トヨタ自動車)
右:ダッジ ダート (クライスラー) 戸倉警部らが乗っている車(手前)と同色、同型の車が二台重なって映ります。



左:初代コンテッサ 1961年より発売(日野自動車)
中:初代セドリック(後期型) 1962年型(日産自動車)
右:初代セドリック(前期型) 1960年型(日産自動車)






番外 開始から1:16に登場
メグロK1P 1960年から1965年まで製造 (目黒製作所)

灰色のトヨペットクラウンを捜査する白バイの車種が分かったので番外として掲載します。
映画の画面では白バイの全体をじっくり見せてくれないのですが、タンクのサイドのクロームメッキ、エンブレムなどから、今はなきオートバイメーカー、メグロ製でK1という車種、その白バイタイプであるK1Pで間違いなさそうです。
車の前に回り込み、重い白バイを手慣れた取り回しで扱う警官は本物ではないでしょうか。神奈川県警全面協力ということを考えれば有り得ることだと思うのですが。

(自動車図鑑協力:原田さん、三浦さん)





 電車図鑑(登場順)

さて自動車とくれば次は電車です。
作品中に登場する電車といえば何と言っても身代金の受け渡しに使われる「こだま号」。その他にはポールが架線をこする音が捜査の手がかりになった「江ノ電」、列車電話の捜査の時に映る有楽町を走る「山手線」。そのくらいしか出ていないだろと考えていました。しかし通してよく見てみると、けっこう多くの電車が画面に登場していたことが分かりました。

鉄道については全く知識がないので、車種の判別と説明は鉄道ファンであるHさんにお願いしました。鉄道に対しての愛情がとても感じられる説明をしていただけました。ではHさん、お願いします。





開始から0:01に登場
京浜急行デハ300形

タイトルバックで京急の黄金町駅付近が映し出される場面で、高架線路を走っている電車が見えます。 しかしこれは小さく映っているので形式までは特定出来ませんでした。
角ばったデザインの電車なので、当時活躍していた「京急デハ300形」ではないかと想像します。
車体色は現在と同じく「赤色に白色のライン」でした。







開始から0:54に登場
国鉄151系電車

開始から1時間近い密室劇の後に突然映し出される特急「こだま号」。これから始まる身代金受け渡しの舞台となる「こだま号」の鮮やかな登場です。

この国鉄151系電車は、1958年(昭和33年)の11月に東海道本線東京~大阪間を6時間50分で結ぶビジネス特急「こだま」用として登場した日本初のボンネット型電車です。
走行シーンで登場する窓が大きい先頭車(大阪寄り1号車)は、一等車で「パーラーカー」という名前が付いていました。
現在の新幹線にある「グランクラス」と同じような感じでグリーン車より格上の車両でした。
8ミリカメラを持ったボースンはこの豪華な車内を通って先頭の「運転室」に行ったことになります。
ちなみに戸倉警部がボースンに「先頭の機関車の窓から8ミリカメラを回せ」的なセリフがありますが、電車ですので「機関車」の表現は間違えで正しくは「運転室」です。
また、権藤氏と刑事達が乗車している4号車も一等車なのですが、これは現在のグリーン車に相当します。
その隣り5号車が食堂車、6号車がビュフェ車で電話室がありました。
ですので、権堂氏は「車内電話の呼び出し」に応じて比較的早く(1車両分をまたいで)電話室に行けた訳です。



(参考)
当時の「特急第二こだま」の運転ダイヤについて

・東京発 14時30分
・横浜発 14時52分
・国府津駅を通過して酒匂川の鉄橋通過時刻 15時28分
 ※ビュフェ車の壁時計も15時28分
・熱海到着 15時48分

映画の「特急第二こだま」は、別の時間帯に貸切で仕立てた列車なので、ビュフェ車の壁時計を「15時28分」に動かしたと考えられます。










開始から1:13に登場
国鉄101系電車

犯人が列車電話をかけた公衆電話を捜査する場面に登場する、有楽町のガード上を走る山手線です。
この国鉄101系電車は1957年(昭和32年)に登場した国鉄の通勤形電車です。
撮影時の山手線の車両色は「カナリア・イエロー色(黄色)」でした。
映画が上映された1963年(昭和38年)の12月に現在の車体色「ウグイス色(緑色)」に変更となりました。
現在、この電車の試作車両が鉄道博物館に保存展示されています。







開始から1:15に登場
国鉄153系電車

身代金を受け取った犯人が車で逃走するのを目撃した農夫に聞き込みをする場面で、背後の東海道本線の鉄橋上を通過する電車です。
これは国鉄153系電車で、1958年(昭和33年)に登場した急行用(準急用)電車です。
「準急・東海号」でデビューしたので「東海形電車」の別名もあります。
車体色はオレンジと緑のツートーンカラーで「湘南色」といわれ、一般的に「みかんやお茶など沿線の特産品を表現した塗装」と説明されています。
また、先頭車の前面が2色を塗分けされずにオレンジ1色なのは高速運転のため警戒色の意味があったそうです。
当時は国鉄151系電車と同じく「ビュフェ車」も連結されていましたが、こちらには「電話室」がありません。







開始から1:18に登場

犯人が特急の構造に通じている点から、国鉄関係を捜査する場面です。ここは車両基地なのでたくさんの電車が映ります。
撮影場所は東京都港区にあった「国鉄・田町電車区」という車両基地でした。
その後、JR東日本に移行して「田町車両センター」という名称になりましたが、2013年(平成25年)にこの車両基地は閉鎖されました。




↑① 国鉄151系電車(こだま号)
こだま号と同じ国鉄151系電車ですが、このシーンに映る先頭車(東京寄り)は2等車(普通車)で、窓の大きさが一等車の「パーラーカー」とは違って標準のサイズです。




↑② 国鉄111系電車(後の113系とほぼ同じ)
1962年(昭和37年)に登場した両開き片側3ドア・デッキなし構造の近郊形電車です。
先にデビューした国鉄153系電車の前面デザインが採用されています。
この形式の高性能版車両が113系で見た目はほとんど同じで、2011年(平成23年)まで東海道線を走っていました。




↑③ 国鉄153系電車(高運転台タイプ)
上で紹介した国鉄153系電車の運転台が高い位置にあるタイプです。
1961年度(昭和36年度)以降の製造車両は、踏切事故の対策として乗務員の安全性を考えて運転台が高くなっています。




↑④ 国鉄153系電車(基本タイプ)
上で紹介した国鉄153系電車デビュー当時の基本タイプで、鉄道マニアの間ではこちらの方が「可愛い顔」とされています。




↑⑤ 国鉄153系電車(上記のいずれか)
上記の基本タイプ、高運転台タイプのいずれかのタイプです(車両側面や車内設備は同じです。)


(まとめ)
当時の東京での鉄道車両事情を簡単にまとめると
・国鉄151系電車→当時、日本最速で最新鋭の「特急用電車」(機関車が引っ張る客車特急よりスピードが早い)
・国鉄101系電車→山手線とかの都心用の「通勤形電車」(4つドア。当時の京浜東北線や総武線は茶色の旧型電車)
・国鉄111系電車→東海道線の近郊区間(東京ー小田原間とか)の普通列車用に製造された「近郊形電車」(3つドアなのでラッシュ時にも対応。トイレも設置。グリーン車も連結)
・国鉄153系電車→東海道線の「準急・急行用電車」(2つドア。グリーン車やビュフェ車も連結。この車両が朝の通勤時間帯に普通電車として使用されることもあり、その際は大混雑)







開始から1:27に登場
横浜市電 1150形

1150形は1952年(昭和27年)に登場した戦後の横浜市電を代表する形式の車両です。
同じ形式でも色々なバージョンが存在していて、映画に登場する「1150形(1165号車)」は側面窓の上部がバスに似た「Hゴム」仕様でした。
この車両が横浜市青葉区にある「こどもの国」という公園施設に展示されていましたが、いつの間にか撤去されたそうです。







開始から1:30に登場
江ノ島電鉄 100形電車

この車両は「1両単位(単行)」で使用されたために「タンコロ」という愛称で呼ばれています。
また、一般にはこの車両を「100形」と呼びますが、映画の腰越シーンで登場する「107号車」の正しい形式名は「106形107号車」です。
「107号車」は1931年(昭和6年)に新潟鐵工所で製造されました。
現在、同じグループの108号車が専用の保管車庫に動態保存されていて、たまにイベントなどで走行することがあります。







開始から1:30に登場
江ノ島電鉄 300形電車

この「300形」は、2車両1セットの「連接車」という車両です。
簡単に説明すると本来は連結器がある部分に(幌がある部分に)に2両分をまかなう台車がある電車です。
この方式の電車だとカーブの多い江ノ電の線路でも容易に通過できます。
江ノ島電鉄では最新車両も「連接車」を採用しています。
ちなみに小田急のロマンスカー車両も昔からこの方式です。
なお、この300形電車は色々なバージョンがあり映画では一瞬しか映らないので「号車」までは特定出来ていません。








開始から1:35に登場
江ノ島電鉄 100形電車

上で紹介した100形電車と同じ車両です。
俯瞰のカットなのに乗客はちゃんと「白い夏服」を着ています(冬なのに)
また、カメラから見た車両が逆光で暗くなるので、手前から照明かレフ板で光を当てて撮影しています。

(電車図鑑解説:原田教隆さん)






 「予告編」だけに登場するシーンがある・1



「天国と地獄」にも勿論、予告編が存在します。DVDなどを購入すると予告編が映像特典として付属しているので見ることができます。
それを見ていて気がつくのは「あれ?こんなシーン、本編にあったかな?」という場面がいくつか出て来ることです。その中の一つに、木造の長屋が軒を並べているカットがあります。本編には登場しません。本編に登場しないからといって、ここが何処なのかを特定しないわけにはいかない、という、まあ困った話です。
あるSNSでHさんがこの話題についてコメントされました。するとHさんのお知り合いに「天国と地獄」や昔の横浜について興味を持たれている方が何人かいらして、ついにここが特定されてしまいました。いや、さすが地元横浜の方々です。すごいです。
結論を申しますと、ここは本編開始から1:10、戸倉警部と田口刑事が権藤邸を後にして車で坂を下る「稲荷坂」の途中から下を見おろした構図です。



↑ 予告編場面では長い3列の長屋に沿ってだいたい4本の路地が通っているように見えます。そして向こう2列には切れ目のような状態が見えます。1963年の航空写真にもその様子が見えます。そしてA,B,C,Dが合致しているように見えます。間違いないです。

この住宅、2007年に取り壊されたということが分かりました。意外と最近まで存在していたのです。
大正12年の関東大震災、その2年後に建てられた仮設住宅だったということです。解体時には長年にわたる改築や増築(予告編場面でもそれがうかがえます)が施されていましたが、当時の資料によると新築時には合計68戸の平屋住宅で、その間取りまでもが分かります。

静止画では分かりずらいのですが、冬の撮影時期にもかかわらず、白い夏服を着た人が何人も路地を行き来していて、白い洗濯物がたくさん干されているのが見えます。本編開始から1:10の刑事が車で坂を下るシーンを撮影したついでに、ちょこっと撮ったショットを「お、これ使えそうじゃない。予告編にでも使うか」ではないのです。十分な準備がされているのです。それで本編ではボツだものなあ、すごいなあ、と思います。

(協力:原田さん・網野さん・三浦さん)


↑ この近辺の現在。古い建物はもう無く整備されています。(撮影Aさん・2015・06・15)








 「予告編」だけに登場するシーンがある・2



もう一つ、予告編にだけ収められている場面です。
ラストシーンで、権藤は死刑が確定した竹内からの要請があり刑務所へ面会に訪れます。竹内は胸の内を権藤に告げ、最後は絶叫し、看守に抑えられ、急遽仕切りのシャッターが閉じられます。シャッターの向こうではまだ竹内の叫びが聞こえます。シャッターの手前で一人残された権藤。そして「終」マーク。
これが公開された「天国と地獄」のラストシーンです。
ところが予告編には戸倉警部と権藤が、刑務所内とおぼしき廊下を向こうに並んで歩いて行くカットが現れます。このような場面は公開された本編には登場しません。
実は「シャッターの手前で一人残された権藤」の後に、脚本上(決定稿)では下記のような場面があったようなのです。

♯123 刑務所・廊下
権藤と戸倉が黙々と歩いて行く。
コンクリートの壁にはねかえる音がうそ寒い。
権藤は時々立ち停って振りかえる。
ここまで、あの悲しい竹内の笑い声が追って来る — そんな気持ちだ。
戸倉にも、そのやりきれない権藤の気持がよくわかる。
しかし、何か言って慰めたいのだが、言う言葉もない。
また、権藤にもその戸倉の気持がよくわかる。
しかし、何か言いたそうな戸倉の顔を見て、にがく笑うだけがやっとだ。
二人は、そのまま黙々と暗い廊下を歩いて階段を上る。
階段の上には晴れ渡った冬空をつきさすように冬木立の梢がのぞいている。
二人は、その階段を上り切って、冬木立をバックに向い合う。
権藤「ところで、貴方ともこれでお別れですね・・・今度はいつお眼にかかれるか・・・」
戸倉「いや、私なんかに用がない方がいいですよ」
二人、顔を見合わせて、やっと微笑する。
その二人の後姿が、空を横に区切った階段の上から沈むように消えて行く。
冬木立の梢だけが残る。
(F・O)
(出典:「全集黒澤明 第五巻」岩波書店)


そして実際、そのシーンは撮影されたのです。その中のカットが予告編に使われたと思われます。
二人が歩く廊下の先は階段で上がるようになっていて、「階段の上には晴れ渡った冬空をつきさすように冬木立の梢が・・・」につながる屋外のような明るさが見えます。そして冬木立バックのシーンと思われるスチールが下に挙げた写真です。冬の撮影でやっとありのままの冬が撮れたのですね。
いずれにしろ、この刑務所を去るシーンは使われませんでした。権藤の前でシャッターが閉まり「終」マーク。この余韻を残して終わるラストが選択されたようです。



(協力:川越東宝さん・三浦さん)





 「予告編」に使われている映像は本編と同じものなのか



「天国と地獄」に限らず、予告編というものは撮影されたフィルムからハイライトシーンを選び出し、短く編集して製作されたもの、だから本編に登場するのと同じ映像で構成されているものだとばかり思っていました。
しかし「天国と地獄」の予告編を観ていると「あれ?このカット、本編のと微妙に違うような気がするが・・・」と思うカットがいくつかあることに気が付きました。もちろん前述した「予告編だけに登場するシーンがある」は別にしてのことです。

「天国と地獄」の予告編は最初の「東宝マーク」から始まって全部で29のカットで構成されています。29なら出来なくはないだろうと全カットを本編と比較してみました。
驚くべきことが分かりました。最初の「東宝マーク」を除き、全てが本編とは違う映像なのです。

当時の予告編の編集は助監督の仕事だと聞いたことがあります。監督になるための修行のひとつだったそうです。他の作品の予告編を検証したわけではないので、全てがそうなのかは分かりませんが、予告編の素材が本編に使用するフィルムを複製したものではなく、撮影したフィルムの中から本編には使用しない部分を使って製作するのだとしたら、本編とは違う映像ばかりで構成されているのは当然のことであり、「驚くべきこと」と書きましたが、これは常識なのかもしれませんが。

では少し長くなると思いますが、予告編全29カットの本編との比較をごらんください。
以下、上下二枚並んでいる画像は上が予告編、下が本編からのものです。



↓ ①
まず予告編も本編と同じように「東宝マーク」から始まります。これはモノクロ・シネスコ用として予め用意されている素材を使用するのだと思います。この「東宝マーク」は中心の「東宝マーク」のセンターから(ややこしい)輝く光条が回転するような動きを見せます。さらに光条は外に広がるような動きもあり、全体として二度と同じ模様を繰り返すことはありません。しかし、予告編、本編、共通して光条が同じ状態の瞬間がありました。やはり同じ素材からです。この一致は本編からの流用というより、予め用意されている素材なので当然なのでしょう。


(本編 0:00)



↓ ②
書家、西川寧氏によるタイトル文字です。予告編では黒バックですが、本編では権藤邸から見た夕暮れの横浜市街がバックになっています。この違いは別に驚きはしません。
しかしちょっと驚くのは予告編、本編で筆で書かれた文字のディテールの違い。分かりやすいところで「天」の最後のハライと「国」の左下との位置。「国」の一画目の角度、「獄」の最後のハライの長さ、などです。 一番下に西川寧氏の原書を示しました。これをカメラで撮影した時の歪み、つぶれ、文字の間隔を調整するなど、何らかの理由で違いが出てしまっているのだと思います。
(協力・Hさん)


(本編 0:00)





↓ ③
予告編では突然ラストシーンからのカットが挿入されます。
竹内が絶叫し立ち上がります。カメラは立ち上がる竹内を追います。その時、竹内の目のあたりにガラスの反射が映ります。 「あれ?本編もこうだったかな」と気がついたのが今回の「予告編に使われている映像は本編と同じものなのか」を調べてみようとしたきっかけです。
本編でのこのカットはもう少し引きのアングルで、手前に権藤も写っています。おそらく黒澤監督独特の「マルチカメラ」(同じカットを撮影する時、複数台のカメラで違った位置から同時に撮影する手法。後で良い方を選ぶことができるし、そのカットを分割し、別アングルに切り替えようとする際も自然なつながりが出せる。「マルチカム」とも呼ぶ。)による別アングルのフィルムを使用したものと思われます。


(本編 2:22)



↓ ④
静止画で見ると同じようですが、予告編では静止、本編ではもう少し引きの状態からズームアップし、この画面になります。ズームアップし終わり、余裕をもたせてカメラを回し続けた部分を予告編に使用したのではないでしょうか。


(本編 2:16)



↓ ⑤
「予告編だけに登場するシーンがある・2」のカットです。本編には登場しません。





↓ ⑥
予告編では新聞の上にパサッと新聞が重ねて置かれます。本編では置かれた動きは無く、紙面がズームアップされます。一連の撮影されたフィルムの中で、前半を予告編、後半を本編が使用したと思われます。


(本編 1:04)



↓ ⑦
河西(三橋達也)が誘拐されたことを電話で警察に知らせようとすると権藤(三船敏郎)が「警察に知らせたら純が危ない!」と止めるシーンです。
全く違うアングルです。これも前述した「マルチカメラ」の別アングルです。
しかも「警察に知らせたら純が危ない!」と権藤が言った後、権藤の妻、怜子(香川京子)がそれに被せるように「あなた、あなた」と言うタイミングが予告編、本編で微妙に違うので、テイク(同一カットを複数回、繰り返し撮影したとき、そのそれぞれの撮影した映像)も別だと思われます。


(本編 0:18)



↓ ⑧
「予告編だけに登場するシーンがある・1」のカットです。本編には登場しません。





↓ ⑨
麻薬街のシーンです。「マルチカメラ」の別アングルです。
本編で中央に見える麻薬中毒者(鈴木和夫)がアイスクリームを口から離すタイミングを基準に予告編、本編を比較すると他の麻薬中毒者たちの動きが一致するので、テイクは同じだと思われます。


(本編 2:05)



↓ ⑩
権藤が河西に五千万円の小切手を見せ「これがある限り、逆に貴様らを叩きだしてやる!」というシーンです。
これはマルチカメラではなく、別途に撮影したのだと思います。なぜならマルチカメラだとしたら、本編のカットを撮影しているカメラの位置が、予告編では戸倉警部(仲代達矢)が立っている位置の方向になり、カメラが写ってしまうのでそこにはカメラを置けないからです。権堂と河西のセリフを聞いても微妙に違いがあります。


(本編 0:42)



↓ ⑪
戸倉警部と田口部長刑事(石山健二郎)が権藤邸を後にし、車で坂を下るシーンです。同じように見えますが予告編では車の向こうに石垣のような様子が写っています。本編ではこの石垣が見えることがありません。


(本編 1:10)



↓ ⑫
予告編ではカットが分けられていますが、本編では上記のカットから続くひとつのカットです。
一見同じように見えますが違いがあります。車が下る先に国道16号線が左右に通っています。静止画では分かりませんが予告編では車が通行している様子が見えません。しかし本編では数台の車が通行しているのが写っています。
この静止画では警察の車が同じ位置を通過している瞬間で比べてみました。予告編より本編の方がカメラの角度がやや上を向いています。別テイクです。


(本編 1:10)



↓ ⑬
竹内が麻薬の取り引きに酒場を訪れます。外国人の客、売人の女、変装した刑事らが見えます。しかしこのようなカットは本編に登場しません。





↓ ⑭
田口、荒井(木村功)の両刑事が腰越の別荘に向かい、別荘内に死体を発見するシーンです。
荒井刑事が拳銃を構え、家の中の様子を伺いながら移動します。死体があると分かると拳銃をしまい、ハンカチで口をおさえます。この動きが予告編、本編を比べても違いがまったく見いだせないのです。これは「予告編、本編で同じカットは無い」という仮説も崩れたかな、とあきらめる寸前、違いを見つけました。本編では外に干してあるタオルのようなものが風になびくのです。予告編ではなびきません。さらに気がついてみると部屋の中に吊るされた蚊帳(かや)も揺れ方が違います。別テイクです。それにしても全く同じ動きができる木村功に驚きました。


(本編 1:34)



↓ ⑮
竹内が山下公園をうろつくシーンです。刑事が変装した浮浪者、ベンチに座ったカップルの動きも違いますが、いちばんの違いは予告編では海上をボートが横切るとことです。別テイクです。


(本編 1:56)



↓ ⑯
県警屋上でのシーンです。戸倉警部のセリフ「ホシに気づかれずにホシから絶対に目をはなすな」の「な」の所で止めてみました。予告編ではこのセリフを歩きながらほぼ正面を向いたまま話します。本編では立ち止まって左右を向きながら話します。別アングルでしかも別テイクです。


(本編 1:54)



↓ ⑰
竹内が麻薬の取り引きに現れた酒場の様子です。カメラは移動しながらガラス面に書かれたメニューを写します。予告編、本編でガラスの向こうに見える店の客の動きが全く違います。別テイクです。


(本編 1:59)



↓ ⑱
竹内が酒場の店内を移動しています。竹内が店内で同じ位置で比べると、手前の客の動きが全く違います。これも別テイクです。


(本編 1:59)



↓ ⑲
麻薬の売人(常田富士男)が中毒者の群れの中を進みます。予告編、本編で画角が違います。中毒者の動きも全然違います。なのでマルチカメラの中の別カメラ、しかも別テイクなのではと思われます。


(本編 2:05)



↓ ⑳
カメラ位置や画角はあまり変わらないのでマルチカメラではなく一台のカメラで別テイクかとも思いましたが、崩れ落ちる中毒者(富田恵子・草笛光子の実妹)の姿勢が別テイクでここまで一致するものでしょうか。「W.C.」と書かれたドアにあたる照明が違いや、カメラ位置の微妙な違いから、やはりマルチカメラの別カメラ映像で、同テイクかと思われます。


(本編 2:07)



↓ ㉑
サングラスをかけて中毒者に近づく竹内。この後、尾行していた刑事たちが現れるのですが、その展開から考えてマルチカメラによる別カメラのフィルムが予告編、本編に使われているようです。


(本編 2:08)



↓ ㉒
もちろんこれは予告編のみです。





↓ ㉓
演出中の黒澤監督。もちろん本編には登場しません。
ちなみにこの時流れる曲は本作品の音楽を担当した佐藤勝による「捜査のマーチ」という曲で、本編に使用されることはありませんでした。





↓ ㉔
この場面、予告編で聞こえる電話で受け答えしているセリフは、竹内からの5度目の脅迫電話からの抜粋なのです。
ところが予告編の画面はその5度目の脅迫電話の時のものではなく、竹内から最初にかかってきた脅迫電話での画面です。違う場面に違うセリフをうまくはめ込んでいるのです。うまくはめ込んでいるといっても、やはり口と声がずれている部分もあります。
予告編のカットと、本編の最初の脅迫電話でのカットを比べてみました。一致する瞬間が無いのでテイクも違うようです。


(本編 0:17)



↓ ㉕
走るこだま号のカット。これも予告編、本編で同じ一瞬はありませんでした。マルチカメラの別カメラか、複数回テイクを重ねたのか、どちらかだと思われます。


(本編 0:17)



↓ ㉖㉗㉘㉙
そして最後のこの4つのカットはもちろん予告編だけのものです。これで3分37秒の予告編が終わります。





以上、全29カットで構成されている「天国と地獄・予告編」。何度見たか分からない本編。その予告編を見て「そうそう。このシーン」と、お馴染みの本編が断片的に現れるのを見ていたとばかり思っていたのが、実は最初の東宝マークを除いて全部違うものを見てそう思っていたのです。これは本当に驚きです。





 では「特報」ではどうなのか



前項で「予告編」に使われている映像は「本編」と同じものなのかを見てきました。結果、最初の東宝マークを除いて、一つとして同じものはないということがわかり、驚きました。

さて、映画館で本編公開の間近になると上映されるのが「予告編」ですが、さらにもう少し前の段階で「特報」というものが上映されることがあります。「天国と地獄」にもそれが存在します。
では「特報」に使われている映像はどうなのでしょう。「本編」とも「予告編」ともまた違う映像なのでしょうか。同じように見比べてみました。結論を言うと、予想通り「本編」にも「予告編」にも登場しない、別物の映像からできていたのです。

「特報」はまだ「本編」撮影途中に編集されたものと思われ、使用できる素材フィルムが少ない為か「予告編」に比べると短めです。「予告編」は3分37秒、29カットでしたが「特報」は1分52秒、16カットです。

では見ていきましょう。以下、上下二枚並んでいる画像は上が「特報」、下が「本編」からのものです。



↓ ①
まず、こんな画面から始まります。
え? と不思議に思われるでしょうが、この画面はリバイバル上映の時に付け足されたものだと思われます。





↓ ②
次に「東宝マーク」が入ります。
これは「予告編」の時と同様、「有りもの」の素材を使用するのでしょうから、本編と同一です。


(本編 0:00)

ちなみ音楽について触れますと、この「東宝マーク」の部分、「特報」では無音です。「予告編」には本編にも登場するファンファーレ風の曲が入っています。「本編」では鉄弥恵子(かなわ やえこ)さん歌唱によるソプラノが加わったテーマ音楽で、そのままタイトル、クレジットへと続きます。
「予告編」では本編に使われる音楽がいくつか登場してきます。しかし「特報」編集時点ではまだ音楽が録音されていなかったのでしょうか、最後の部分にギター曲が登場し、その後、打楽器と管楽器の曲で締めくくられますが、これらは本編には使われていない音楽です。



↓ ③
毛筆の文字で「黒沢明監督作品」と出ます。予告編でも「黒沢明監督作品」と出ますが全く別物です。ちなみにどちらも「澤」ではなく「沢」になっています。





↓ ④
さて予告編でも話題にした書家、西川寧氏によるタイトル文字「天国と地獄」が出ます。
実はここでも本編、予告編ともまた細部が微妙に違ったタイトル文字になっているのですが、ここではこの問題は通過することにします。





↓ ⑤
権藤がシャワーを浴びていると電話のベルが鳴り、急いでガウンを引っ掛け、電話器に向かうシーンです。
「特報」と「本編」、同じカットでも撮影位置が違うので、それぞれマルチカメラの別カメラです。微妙な判断なのですがテイクも違うように思えます。
このシーン、「予告編」には出てきません。


(本編 0:45)



↓ ⑥
竹内(山崎努)の声が聞こえ、権藤と竹内が電話で会話しているようにも見えますが、この竹内がアパートの自室から権藤邸を見ているカットは本編では時間的に全然違う部分、進一救出後のシーンからのものです。
椅子にかかるカーテンの具合などから、「本編」とは別テイクではないかと思われます。マルチカメラの別テイクか、あるいは何回か同じカットを撮影する中で、カメラ位置を少し変えた別テイクなのではないかと想像しています。


(本編 1:05)



↓ ⑦
そしてまたカメラは権藤邸に戻ります。 竹内が「カーテンを閉めきって何をやっているんだ」と言うので権藤は「何でもない証拠にカーテンを開けてみせる」というシーンです。
同じ瞬間で止めて「特報」「本編」を比べてみました。ご覧のようにマルチカメラで別アングルですが、各人の動きを比較しますと、違いが見いだせませんでした。どうやら同じテイクのような気がします。
このシーンも「予告編」には出てきません。


(本編 0:46)



↓ ⑧
権藤邸から見た横浜市内です。
中央やや左に、煙が出ている煙突が写っています。これは例の桃色の煙を出した煙突です。煙に着色された本編と比べてみますと、カメラの方向が少し違うだけで、太陽光などの具合を見ますと同じ時に撮影したものだと思われます。
本編の始まり、クレジットのバックにも「特報」とほぼ同じように、煙突が中央から左にずれたアングルの画面が出てきますが(写真いちばん下)もっと薄暗くなった時間帯に撮影したもので、素材としては別物です。
「予告編」にこの場面は登場しません。


(本編 1:48)


(本編 0:00)


↓ ⑨
「本編」には登場しない場面が現れます。これは「予告編」にも登場しないのです。「特報」だけに使われている映像です。
何処なのでしょう。密集した家屋と道路、それに鉄橋のような橋が見えます。
横浜にお住まいのMさんによって、ここがどこだか特定されています。
詳しくはこの後の項「そして『特報』だけに登場するシーンもある」で説明することにします。





↓ ⑩
「本編」には登場しないカットがもう一つ続きます。しかしこの場面は「予告編」にも登場したので「予告編だけに登場するシーンがある・1」で説明しました。「特報」と「予告編」には登場するが、「本編」には登場しないということです。
ではこのカット。「予告編」と同じものでしょうか。そうなんです。予想された通り、一見同じでも実は違うのです。

上の写真が「特報」で下が「予告編」からのものです。
カメラはフィックス(カメラの位置も方向もズームも固定で撮影すること)です。路地を行きかう人の動きを見てみました。画面右下に右から左の方向に歩いている白いシャツを着た人物がいます。「予告編」(写真下)ではその人物が右下から現れて7,8歩あるいたところで次の画面に切り替わります。「特報」(写真上)では「予告編」で切り替わった位置から白シャツの人物がスタートして更に左に向かいます。同テイクのフィルムを前後に分け、前半を「予告編」、後半を「特報」が使用したのだと思われます。
ここが何処であるのかは三つ前の項「『予告編』だけに登場するシーンがある・1」で説明した通りです。


(上:特報 下:予告編)



↓ ⑪
中尾(加藤武)、荒井(木村功)の両刑事が川沿いで捜査を進めている場面です。
「本編」「特報」、セリフの同じ瞬間で止めてみました。
両刑事の演技は驚くほど完璧に同じように見えるのですが、両刑事に付いて移動してきたカメラが止まった位置が微妙に違うのと、川の向こうの工場の風になびく旗、屋根に取り付けてある排気のフィンの回り方も違うので別テイクです。
この場面、「予告編」には登場しません。


(本編 1:02)



↓ ⑫
「本編」「特報」同じカット割りで、竹内が刑事たちとは川の対岸を歩くカットに切り替わります。
竹内が道路脇に立つ地図の前を通り過ぎる時のうつむき加減が違うので別テイクです。
この場面も予告編には登場しません。


(本編 1:02)



↓ ⑬
出演者を紹介しています。
そういえば「予告編」での出演者の紹介はテロップ型式で、三船敏郎と仲代達矢が紹介されただけでした。





↓ ⑭
演出中の黒澤監督。「予告編」でも撮影風景シーンが登場しましたが別のものです。しかし撮影した場所は「予告編」「特報」同じで、酒匂川の岸辺、進一を救出するシーンを撮影した際に撮られたものだと思われます。





↓ ⑮
そして再び「天国と地獄」とタイトルが映し出されます。前に出た文字とまた微妙に違います。いったいどうなってるのか不思議です。





↓ ⑯
「公開迫る」の文字で「特報」が終わります。





以上、全16カットで構成されている「天国と地獄・特報」。これも「予告編』同様、東宝マークを除いて、あとは全て「本編」に使われている映像とは違うものでした。いやあ、いままで気が付きませんでした。

1961年の「用心棒」、1962年「椿三十郎」とヒットが続き、その翌年の「天国と地獄」。期待が高まる「特報」だったことでしょう。





 そして「特報」だけに登場するシーンもある

先程、「では『特報』ではどうなのか」の項で、「本編」にも「予告編」にも登場しない、「特報」だけに登場する場面が存在することを紹介しました。わずか2〜3秒のカットです。

改めてその画面を見てみましょう。
画面手前の方は平屋とか二階建ての木造家屋が密集しています。望遠レンズで撮影しているので、なおさら密集して見えるのだと思います。
画面左から斜め右方向に割合広い道路が通っているのが見えます。その手前、道路と平行して鉄骨でアーチ状にアングルを組んだ橋が見えます。

いったいここは何処なのでしょう。





いつもご協力いただいている横浜のHさんとは同級生、Mさんが教えてくださいました。頼もしいです。この画面は「稲荷坂」から見た「千歳橋」方向とのことです。

「千歳橋」。なるほど「特報」の画面を見ますと川こそはっきり写ってはいませんが、川がありそうな雰囲気は感じます。地図上で「千歳橋」を探してみますと、権藤邸のある「横浜市西区浅間台」からは南方向の「横浜市南区浦舟町」にその名の交差点がありました。しかしそこは「橋」とはいっても下に川なぞ流れていなく、上に高速道路が通る大きな交差点です。「特報」場面とは似ても似つかない場所です。おかしい・・・

映画公開と同年、1963年の航空写真を見てみました。
あっ!「千歳橋」の下は川!
当時は川(水路)があったんです。それが首都高速建設の時に埋め立てられ、現在の千歳橋の下に川は無いのです。そうだったのか!

「千歳橋」の西側の袂(たもと)は五叉路になっています。川沿いの道から北北西方向に斜めに入る、比較的細い道路があります。「特報」ではその道路が画面上部に真っ直ぐ見通せるような方向に写っています(矢印)。その逆の延長上がカメラ位置ということになります(下図)。なるほど!そのライン上の稲荷坂にちょうどいいカメラポイントになりそうな場所があります。

稲荷坂のその位置から千歳橋方向を見たとすると、あ、なるほどなるほど、こうなっていたわけか!と道路、川の位置がやっと理解できました。それが上に掲げた特報からの画面に色分けした図です。黄色が道路、青が川です。
いやあ、素晴らしい!さすが地元横浜の方の土地勘です!ありがとうございました。






↑ このストリートビューは稲荷坂のカメラ位置と思われる場所から「千歳橋」方向を見たものです。高速道路やビルに遮られてよく見えませんが中央付近が「千歳橋」の交差点と思われます。ここから千歳橋までは直線で約400メートル、「特報」画面に写っている当時の鉄橋(久良岐橋・くらきはし・現在も下に川が流れる橋ではあるが作り変えられている)までは300メートルほどの距離です。
このカメラ位置は「『予告編』だけに登場するシーンがある・1」で紹介した長屋シーンを撮影したカメラ位置とは「稲荷坂」を隔てた反対側ということになります。
「稲荷坂」という坂は米軍の住宅施設に向かう道筋で、「天国と地獄」ではそこから撮影した画面がいくつも登場します。

(協力:三浦さん・原田さん)






 タイトルバック全11場面に映し出されるのは何処なのか

作品の最初の部分で、タイトルや出演者、スタッフを紹介する文字が映し出されます。文字の背景には横浜市内と思われる街並みの映像が使われています。全部で11の場面なのですが、どの映像もフィックス(カメラを固定し、方向を変えたりズームしたりしない)。そしてどの画面も薄暗い夕暮れ。しかも煤煙のモヤ越しに撮影されています。もちろん意図されていることでしょうが明瞭な画像ではありません。
これらに映し出されている映像は何処から何処を撮影したものなのか。これから始まるストーリーの流れから想像すると、高台に建つ権藤邸から見おろす街並み撮影したものと考えるのが妥当と思われますが、はたしてどうでしょう。(浅間台の権藤邸の位置については、このページの一番最初「浅間台の権藤邸はどこにあったのか」を参照してください)

この「別巻」では「聖地巡礼・天国と地獄」のように、撮影地を探し出して、その当時と現在を同じ位置から同じ範囲で撮影してみる、ということとは離れた話題で進めて行こうと思っていたのですが、気がついてみると、またしても同じことを始めていました。困ったもんです。

この検証にもHさんの絶大な協力をお願いしました。このタイトルバックに映し出されている映像、どれも望遠レンズで撮影されているので、写されている範囲は大変に狭く、しかも望遠レンズの特性上、前後の位置関係が分かりづらいのです。
1963年当時からは大きく変わった現在の横浜から、これらの場所を特定するなど、私には思いもよらなかったのですが、見事、すべてを解決してくださいました。いやあ、すごいです。
それではその全11場面を考えていきたいと思います。よろしくお付き合いお願いします。




 カメラ位置:横浜市西区浅間台・権藤邸  撮影方向:平沼橋方向

↓ まず佐藤勝の音楽とともに東宝マークが映し出され、「東宝株式会社 黒沢プロダクション 作品」と文字が続きます。その次にドーンと映し出される第1番目の場面が「天国と地獄」とタイトルが書かれたこの画面です。
この場面ではタイトル文字が消えて、背景のみが残る一瞬があるので、その画像で見てみましょう。






(撮影・2014・07・22)

手がかり
港を背景にして手前右側に、学校のような建物が写っています。校庭も見えます。建物の向こうには道路が橋のように跨いでいる様子が見えます。

調査の過程
この画面が何処であるかは、画面に見える学校が県立平沼高校の旧校舎と体育館であるということを地元Hさんより教えていただきました。さすが旧校舎を知る地元Hさんならではです。そうなるとカメラの位置や方向も見当がつけられそうです。

結論
予想通りカメラ位置は権藤邸。そこから東方向、県立平沼高校方面を見おろしています。
「病院」と書き入れましたが、現在ここに病院はありません。しかしここが病院であったことは当時の住宅地図から確認することができます。
この病院だけ照明が入れられ(タイトルバックの11画面、全て薄暗い夕方のように見えますが、フィルム感度の問題でしょうか、実際はどうやらそれほど暗い時間に撮影されたのではないようです。ほとんどの建物に照明がついていないことでそう思えます)静止画では分かりづらいですが、屋上には、いかにも病院ならではといった洗濯物などが干してあります(これも「仕込み」かもしれません)。当時の病院、シーツや包帯などの洗濯は業者に出さず、病院内で洗濯していた場合が多いと思います。この病院が犯人竹内が働く病院ということではないでしょうが、画面上の「アクセント」としてここが病院だと強調しているような気がします。

現在の写真ももちろん、当時カメラが据えられた権藤邸のセットが建てられた位置から撮影したいところです。
しかしセットが建てられた場所には現在、マンションが建っていて立ち入ることはできません。ところが幸運なことにHさんのお知り合いにこのマンションの関係者がいらして、屋上に上がらせていただくことができました。
最初に屋上に上がらせていただいたのは2014年の7月9日のこと。最初に、と書いたのは実は二度この屋上に上がらせてもらっているのです。まず予定した最初の日は生憎の雨模様。近くの建物は見えるのですが、タイトルバックの望遠レンズで写し出されている遠くの様子は、霞んでしまって見えない状態でした。
Hさんとマンション関係者の方に無理をお願いして二度目に訪れたのが7月22日。この日は快晴で上に掲載できたような鮮明な写真を撮ることができました。
マンションは半地下階を入れて5階建。そのためカメラの高さ的には10数メートル高い位置からの撮影になっている点をご了解ください。平面図的には正確な位置から撮影できているはずです。

平沼橋は前述したように、現在はアーチ橋に架け替えられ、平沼高校も校舎、体育館、共に建て替えられていますが、もちろん位置的には完全に合致します。
現在、当時カメラが据えられたであろう同じ位置に立ち、同じ範囲を見てみるとこの変わり様です。高層ビルの隙間からわずかに「海」を見ることができる、といった状態でした。





 カメラ位置:横浜市西区浅間台・権藤邸  撮影方向:現みなとみらい方向

↓ タイトルが消えるとバックが変わって2場面目になります。
これも文字が消える瞬間があるので、その画像でごらんください。






(撮影・2014・07・22)

手がかり
中央やや左に「桃色の煙を出した煙突」(「聖地巡礼・天国と地獄」で特定済み)、右奥にトヨペットのネオンサインが見えます。

調査の過程
この場面も「タイトルバック①」と同じように背景に港が見え、高台からの撮影のようです。やはり「タイトルバック①」と同じように権藤邸からの撮影と仮定すると、桃色の煙を出した煙突の位置から推定して「トヨペット」のネオンは高島町交差近くにある「横浜トヨペット本社」ということになります。「タイトルバック①」で右側に写っていた県立平沼高校が今度は左端になっています。カメラを右に振ったということのようです。

結論
この画面もやはりカメラ位置は権藤邸。「タイトルバック①」からカメラを一画面分くらい右(南方向)に振った構図です。
同じ撮影範囲の現在を見てみましょう。左端に建て替えられた平沼高校の校舎が見えます。桃色の煙を出した煙突が立っていた工場はすでに取り壊されているので、煙突はありません。工場跡地には歯科技工士の専門学校が建てられています。しかし手前の建物の陰になっていて、ここからは見えません。横浜トヨペットは現在も同じ位置にありますが、これもよく見えません。
まあしかしこの角度から見ると「みなとみらい」方面に隙間なくビッシリ建っているように見える高層ビル、凄いことになっています。

↓ タイトルバック①、②に写っている権藤邸から比較的近い建造物を、当時に撮影された航空写真で平面図的にみると下のようになります。






 カメラ位置:横浜市西区浅間台・権藤邸  撮影方向:山下公園・県庁方向

↓ 3場面目です。
これは文字が消える瞬間がないので、少々見にくいですが文字入りでごらんください。




(撮影・2014・07・22)

手がかり
遠くに霞んでいますが、高い塔のような建物がいくつか見えます。どうやら左方向が海、右方向が陸のように見えます。

調査の過程
塔の形状を見るとそれぞれ特徴があり、どうやら横浜税関、神奈川県庁、マリンタワーのように思えました。

結論
「タイトルバック②」から、さらにもう一画面分くらい右に振った構図だと思います。
左から横浜税関、神奈川県庁、そしてその右にマリンタワーです。この並び方から見るとやはり撮影位置は権藤邸のようです。
この三つの建造物、どれも現存しているのですが、残念ながら現在の権藤邸の位置からはビルに遮られて、一つとして見ることができません。






 カメラ位置:横浜市西区浅間台・権藤邸  撮影方向:横浜駅東口・現そごう方向

↓ では4場面目です。
これも「出演者」と文字が入ってますが、それほど邪魔ではありません。邪魔などと言える立場ではありませんが。




(撮影・2014・07・22)

手がかり
中央やや右に円筒形のビルが写っているのが最大の手がかりです。

調査の過程
当時の地図と航空写真からこのビルを探し出すことができました。
「タイトルバック⑤」の説明の所に、この円筒形のビルが写っている航空写真を載せてあります。

結論
カメラ位置はやはり権藤邸。最初の「タイトルバック①」から、今度は逆に一画面分くらい左(北方向)に振った構図です。
ビルの右後方に黒く写っているのは相模鉄道と国鉄の線路です。左方向が横浜駅です。
この円筒形のビルは横浜駅西口の繁華街の中でも南西寄りの、相鉄線横浜駅の近くにあったようです。しかし現在は取り壊され存在しません、現在もこの位置に壁面が丸く湾曲しているビルがありますが、同じ位置に建て替えられたものです。
現在の写真には「そごう」の看板が見えていますが、映画製作当時はまだありません。(「そごう」は1985年開業)

↓ Web上でこの円筒形のビルの様子がよく分かる貴重な写真を見つけました。タイトルバックとはほぼ逆方向から写した写真です。相鉄線の電車が走っているのが写っています。国鉄のホーム南西端から撮影されたものと思われます。ドンピシャの1963年に撮影された写真です。



写真提供 「ナイトトレインの平成・徒然草 ~心にうつるよしなしごとを書き連ねて~」さん。
写真使用のご了解ありがとうございました。




 カメラ位置:横浜市西区浅間台・権藤邸  撮影方向:横浜駅西口・高島屋方向

↓ では次、5場面目です。
これも文字が入ってしまいますが、それほど差し支えはありません。




(撮影・2014・07・22)

手がかり
「高島屋」のマークと「ナショナル」と書かれた屋上看板がはっきりと写し出されています。

調査の過程
高島屋マークの看板はもちろん横浜駅に隣接した横浜高島屋屋上に、「ナショナル」の看板は当時「相鉄ビル」という建物が西口駅前にあり、その屋上に設置されたものだということが当時の写真から分かりました。
この「相鉄ビル」は現在は取り壊され、その跡地には「横浜ベイシェラトン」というホテルがそびえています。(1998年開業)

結論
ここは先程の「タイトルバック④」から、さらに約一画面分、左(北方向)に振った構図ということになります。やはりカメラ位置は権藤邸。
「タイトルバック①」からこの「タイトルバック⑤」までの5場面は、全て権藤邸という同じ撮影地点からカメラを左右に振って撮影したということになります。

↓ タイトルバック④、⑤で登場する建造物を当時の航空写真で見てみました。






 カメラ位置:横浜市南区中村町・稲荷坂  撮影方向:京急黄金町駅方向

↓ では次、6場面目です。
かなりたくさんの文字が入ってしまいました。残念ながら文字が消える瞬間はありません。



手がかり
画面上部を左右に高架鉄道が通っています。
「志村喬」の「志」の字に重なっている部分に横書きの看板が写っています。「田崎潤」の「崎」の字の右下に横浜市電が写っています。

調査の過程
高架鉄道は京浜急行。「黄金町駅」の近くのようです。画面右部分が黄金町ホームです。横書きの看板は「横浜銀行」と描かれていてるようです。市電の所からこちらに伸びている道は駿河橋です。
Hさんの調査。
「1963年当時に京浜急行が見える位置にある横浜銀行の支店は「阪東橋支店」だけでした(横浜市内で)。現在の所在地も当時と同じ場所です。横浜銀行の「年史サイト・資料」で確認済みです。これも「確定」で良いかと思います」
なるほど、地図で調べると「京急黄金町駅」「横浜銀行阪東橋支店」そして市電が走っていた「16号線」、隣接しているというほど近くはありません。しかし画面を見るとほとんど、くっついているように見えます。望遠レンズは遠近が圧縮されて見えるという特性だったのですね。

結論
ここにきてカメラ位置は今までとは一変、権藤邸を離れて遠く南に移動、ほぼ逆方向からの撮影になったようです。
この場面のカメラ位置は本編(開始から1時間10分あたり)で戸倉警部と田口刑事が権藤邸から帰る時に(実際には権藤邸に通じる道ではないが)車で下った坂(稲荷坂)の途中ということになるのです。
黄金町駅を高い位置で南側から見る。ということで最初は黄金町駅近くのビルの屋上などを推定していたのですが、稲荷坂から北方向を撮影しているということがわかりました。現在は黄金町との間には高いビルができていたり、当時は無かった首都高速が通っていたりで、稲荷坂から黄金町駅前が見えるとは想像もつきませんでした。

(協力・Aさん)




 カメラ位置:横浜市南区中村町・稲荷坂  撮影方向:掘割川・中村橋・国道16号方向

↓ 7場面目です。
さらに盛大に文字が入ってしまいました。




(撮影・2014・07・22)

手がかり
静止画だと車の動きがわからないので理解しにくいのですが、左右に道路が通っています。道路の手前は川。道路から手前直角に橋が架かっています。道路の向こうは商店や民家が並んでいるようです。

調査の過程
川と道路が隣接している様子から、ここは根岸の北、掘割川と国道16号とアタリをつけました。
ここでHさんは画面右上に写っている一軒の建物が現在もそのまま残っていることを発見しました。寄棟屋根が特徴の二階建て商店のようです。画面右上の楕円形内です。


結論
このカメラ位置も「タイトルバック⑥」と同じ稲荷坂の途中です。
現在は川に沿ってマンションが建っているので、撮影地点からは件の建物はほとんど見えなくなってしまいましたが、かろうじて特徴のある寄棟造りの屋根が見えています。



追記:この寄棟屋根の商店、2017年3月までには解体が済み、更地になっているのが確認されています。撮影地を証明するものが一つ減ってしまい残念です。
(情報提供・Aさん)




 カメラ位置:横浜市南区中村町・稲荷坂  撮影方向:平戸桜木道路・ドンドン商店街入り口交差点方向

↓ 8場面目です。
これまた盛大に文字が入っています。



手がかり
中央やや上を左右に高架鉄道が通っています。映画をみると電車が通過しています。
鉄道の向こうに街路灯が連なっている通りが見えます。

調査の過程
高架鉄道はタイトルバック⑥と同じ京浜急行と見て間違いないでしょう。となるとカメラ位置はやはり稲荷坂から北方向ということになりそうです。

結論
タイトルバック⑥では京急の黄金町駅のやや西の方角を撮影していましたが、ここではカメラをさらに少し左に振り、隣駅である南太田駅のやや東の方角を撮影しています。
線路の向こうに見える街路灯の連なり(右上矢印)は、平戸桜木道路から北に入る「ドンドン商店街」ということになります。「ドンドン商店街」とは斬新なネーミングですが当時からこの名称であるようで、賑やかな商店街だったということです。
中央やや左に煙突(左上矢印)が見えます。これは銭湯の煙突です。画面の下方に銭湯の屋根が見えます。この銭湯、「大和湯」(現在は廃業)といい、鎌倉街道の吉野町三丁目交差点近くにありました。方向的にはドンピシャです。

(協力・Mさん、Aさん)




 カメラ位置:横浜市南区中村町・稲荷坂  撮影方向:掘割川・国道16号中村橋交差点方向

↓ 次は9場面目です。
この場面も盛大に文字が入っている画面しか得られません。




(撮影・2014・07・22)

手がかり
手前の文字に重なった部分はやはり道路と川が写っています。そして幸運にも重要な手がかりは、文字の無い画面上部に集中しています。道路に沿って商店が並んでいるのが見えるのです。

調査の過程
ここでもHさんは大発見をしています。画面中央の商店の「サモン」と書かれた看板です。「サモン」は大正製薬が発売している滋養強壮薬。ここは薬局だったということが分かりました。
もしかしたら今でもここに薬局はないだろうか。道路と川との様子からして、ここは「タイトルバック⑦」に近い場所と思われます。その近辺を探してみると、薬局ありました。しかも建物は当時のままです。薬局の隣は時計店、これも当時のままです。時計店とは逆となり、商店街の道を挟んで角の建物、現在は店を閉じられていますが建物は変わっていません。いや、すごいな!思わず興奮です。

結論
この画面も稲荷坂からの撮影で、「タイトルバック⑦」からカメラを少し左(南)に振った構図、国道16号の中村橋交差点付近が写されています。
当時と同じカメラ位置からでは、新しくできた建物に遮られて薬局などの商店が確認できません。いたしかたなく坂をおりた地点から見えた様子を現在写真としました。








 カメラ位置:横浜市西区浅間台・権藤邸  撮影方向:県立藤棚団地方向

↓ 次は10場面目です。
これは文字が入っていない瞬間があります。






(撮影・2014・07・22)

手がかり
中央に大きく団地のような建物が見えます。その左後方にも3階建くらいの鉄筋の建物が見えます。

調査の過程
この団地を権藤邸からは南方向に見える「県営藤棚団地」と仮定してみました。すると団地左奥の鉄筋建物は付近にある「横浜市立一本松小学校」ではないかということになります。

結論
「県営藤棚団地」と「横浜市立一本松小学校」の位置関係から推測すると、カメラ位置は再び権藤邸戻ったとするとぴたり合致します。
「県営藤棚団地」は県の物件案内を見ますと「建設年度:昭和57~60年度」とあるので、建て替えられているようです。しかし建物の位置は概ね変っていません。
一方、「横浜市立一本松小学校」は学校のHPを見ると1960年に鉄筋校舎完成とあるので、作品の画面に写っているのがそれです。さらに1993年に北校舎(画面では左寄り)改築工事着工とあるので、現在写真では鉄筋校舎が横に少し大きくなっています。校舎右部分は映画撮影時と同じ建物だと思います。
小学校のさらに向こうに三本の塔のような物がが写っています。(現在写真が分かりやすい)これはかつての横浜競馬場(根岸競馬場)にあった「一等馬見所」(1929竣工)で、戦後米軍に接収されましたが現在は返還され、建物だけが巨大な廃屋状態で今も残っています。







 カメラ位置:横浜市南区中村町・稲荷坂  撮影方向:横浜市磯子区・掘割川・国道16号方向

↓ いよいよ最後、監督を紹介する11場面目です。
これも文字が入っていない場面がありますのでご覧ください。






(撮影・2014・07・09)

手がかり
川が流れ、それに沿って通る道路が写っています。川には橋が架かっています。橋の手前の道路の脇に、川から柱が立てられ、その上に川に張り出すようにして作られた柵のある歩道のようなものが見えます。

調査の過程
ここもまた川と道路が並んでいるので「タイトルバック⑦」「タイトルバック⑨」と同じように掘割川、国道16号と想像できます。「川に張り出すようにして作られた柵のある歩道」が現在も残っていれば特定できるのですが、これがなんと残っていたのです。

結論
カメラは再び稲荷坂に戻りました。 ここはタイトルバック⑦、⑨で映し出されていた掘割川、国道16号沿いの地点から、大きく左(南)に振った構図です。
しかし現在、その坂から崖下を覗くような状態でこの「川に張り出すようにして作られた柵のある歩道」あたりを見てみても、タイトルバック⑨の時と同じように、新しくできた建物に遮られて、川も道路も見ることができません。方向さえもはっきり分からないのです。しかたがないので、カメラ位置は全然違ってしまいますが、掘割川のすぐ横まで降りて撮ったものを現在写真としました。この角度でも同じ場所であるということが、はっきり分かると思います。

この監督紹介画面がフェードアウトすると、広い窓越しに下界を見おろす権藤邸に三人の重役が訪ねて来ているシーンが映し出されます。そして権藤の第一声「結局、今日の話っていうのは何だね?」のセリフで物語が始まるのです。

下図にタイトルバック11場面のカメラ位置、撮影方向をまとめてみました。
(現在の地図に書き込んだものです)




タイトルバックの当時と今、いかがだったでしょう。毎度のことながら、この横浜でも面影もなく変わってしまった所や、意外と雰囲気を残した場所、様々でした。それにしても高いビルが増えて、見晴らしが良くなくなったことは改めて痛感しました。
作品公開から50年以上が経ちました。造船工場などの煤煙がモヤモヤした所に今はランドマークタワーです!
50年だものなあ、と思うと同時に、たった50年でここまで変われるものなのか!とも思うのです。

ロケ地特定以外にも「天国と地獄」考察に関して、様々な協力をいただいたHさんとのメールのやり取りを数えてみたら300件を超えていました。(まあ雑談的なものも含んでですが)心より感謝申し上げます。

(協力・原田教隆さん 網野さん 三浦さん)





 天国と地獄・俳優名鑑  登場順・敬称略

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三船敏郎 三橋達也 伊藤雄之助 中村伸郎 田崎 潤 香川京子 江木俊夫 島津雅彦
権藤金吾 権藤の秘書河西 専務馬場 重役石丸 重役神谷 権藤の妻伶子 権藤の息子純 青木の息子進一
 
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佐田 豊 仲代達矢 石山健二郎 加藤 武 木村 功 大塚秀男
ノンクレジット

ノンクレジット
青木 戸倉警部 田口部長刑事 中尾刑事 荒井刑事 こだま号の乗客 車内アナウンス係 ビュッフェの客
 
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渋谷英男
ノンクレジット
松井鍵三
ノンクレジット

ノンクレジット

ノンクレジット

ノンクレジット
葵 正子
ノンクレジット
中西英介
ノンクレジット
山崎 努
ビュッフェの客 ビュッフェの係 ビュッフェの係 先頭車車掌 最後尾車車掌 共犯者の女 共犯者の男 竹内銀次郎
 
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田 英夫
ノンクレジット
清水美記
ノンクレジット
小沢憬子
ノンクレジット
八代美紀
ノンクレジット
山茶花究 浜村 純 西村 晃 志村 喬
ニュースキャスター 女中 女中 女中 債権者 債権者 債権者 捜査本部長
 
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藤田 進 土屋嘉男 宇南山宏 草間璋夫
ノンクレジット
熊谷卓三
ノンクレジット
鈴木 智 鈴木治夫
捜査一課長 村田刑事 島田刑事 刑事 刑事 小池刑事 刑事 刑事
 
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牧野義介 生方壮児
ノンクレジット
田口精一 伊藤 実 篠原正記
ノンクレジット

ノンクレジット
山本 清 堤 康久
ノンクレジット
高橋刑事 刑事 中村刑事 刑事 牛をつれた農夫 白バイの警官 上野刑事 刑事
 
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名古屋章 大前 亘
ノンクレジット
児玉謙次
(謙二)
東野英治郎 加藤和夫 沢村いき雄
山本刑事 刑事 料金所の係 原刑事 刑事 年配の工員 鑑識課員 国鉄乗務員
 
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橘 正晃
ノンクレジット
天見竜太郎
ノンクレジット
古谷 敏
ノンクレジット
清村耕次 熊倉一雄
ノンクレジット
三井弘次 千秋 実 北村和夫
国鉄乗務員 国鉄乗務員 国鉄乗務員 魚市場の事務員 魚市場事務員の声 新聞記者 新聞記者 新聞記者
 
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大滝秀治
ノンクレジット
前田昌明
ノンクレジット
梅野泰靖
ノンクレジット
武内亨
ノンクレジット
藤原釜足 清水 元 大村千吉 阿知波信介
ノンクレジット
新聞記者 新聞記者 新聞記者 新聞記者 病院の火夫 内科医長 病院の外来患者 刑事
 
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野村浩三 田中 浩
ノンクレジット
記平佳枝?
ノンクレジット
古谷 敏
ノンクレジット
国鉄乗務員と二役
岩崎トヨコ
ノンクレジット

ノンクレジット
刑事 刑事 刑事 刑事 花屋の店員 酒場の客 酒場に現れる女 麻薬患者
 
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ノンクレジット
鈴木和夫
ノンクレジット
常田富士男
ノンクレジット
菅井きん 田辺和佳子
ノンクレジット

ノンクレジット
富田恵子
ノンクレジット
麻薬患者 麻薬患者 麻薬街の男 麻薬患者 麻薬患者 麻薬患者 同・殺される女 麻薬患者
 
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ノンクレジット

ノンクレジット

ノンクレジット
織田政雄 松下猛夫 清水将夫 田島義文 緒方燐作
ノンクレジット
白バイの警官 ラジオの時報 ラジオのタイトル 裁判所執行官 裁判所執行官 刑務所長 監守長 監守
 
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ノンクレジット
監守

(協力:原田さん・三浦さん・川越東宝さん)



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