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喜劇 駅前満貫 (1967)監督・佐伯幸三
合同特別企画 「麻布 田能久」さんもごらんください。

開始より0:04(東京都渋谷区恵比寿南)

シリーズ第18作の本作品は山手線、恵比寿(えびす)駅近辺が舞台になる。
染子(池内淳子)が国電恵比寿駅前に降り立ち、昔の知り合いの景子(淡島千景)を訪ねる場面から物語が始まる。
景子は現在では麻雀屋のおかみさんになっていると聞き、通りすがりにラーメン屋のおやじ久造(山茶花究)に道を聞く。
ここは実際に恵比寿駅の西口、駅前の広場から少し入ったところにある商店街の一角で撮影が行われている。





(撮影・2012・03・04)
ラーメン屋のおやじ久造(山茶花究)に道を聞く染子。ラーメン屋は当時も店名こそ違うが実際に中華料理屋だったようだ。のれんだけを撮影用のものに変えて撮影している。しかし現在はマッサージ店。しかしその隣は「白十字」という喫茶店が残っているのが見える。

(その後「白十字」という喫茶店を訪れてみると建物が解体されて無くなっていた。今はセルフのチェーン店ばかりで、街の喫茶店はどんどんやめてしまう。2013年11月23日・記)



路地を抜け、久造に道案内されて「満貫荘」に着いた染子。




(撮影・2011・10・02)
路地の奥に映画館の看板が見える。当時は「地球座」という映画館があったようだ。この看板の上映作品は実際のものなのか、それとも撮影用に作られたものなのだろうか。
「満貫荘」があったビルは現在では建て替えられていた。


「満貫荘」が入居しているビルに着くと二人は階段を上がる。 すると一階に「東宝パ」まで読める看板が写る。これは「東宝パーラー」ではないかと思う。 「東宝パーラー」は東宝系の会社が展開している飲食店で、現在では大阪を中心に展開しているようだが、当時は東京にも何店舗かあったようだ。その関係でこのビルが撮影に使われたのかもしれない。



開始より0:05(東京都渋谷区恵比寿南)

「満貫荘」に景子はいなかったので、景子の息子、徳一(松山英太郎)のバイクに乗せてもらい、商店街の裏通りを通って景子の自宅に向かう染子。
ここは実際に満貫荘からすぐ近くの商店街の裏通りだ。





(撮影・2012・03・04)
この路地に面しているほとんどの建物は建て替えられていた。カーブの角にあった建物は高級な中華料理店になっている。



路地を右にカーブするとカメラもそれを追う。やはり同じような道幅の路地だ。行く手に石垣のような物がそそり立っている。このカットで「旅館・恵泉」と書かれた看板がいくつか目立つ。




(撮影・2012・03・04)

「満貫荘」「珍満亭」の場所は、メタBOさんから教えてもらい(ロケ地特定の経過についてはこちらを)、カメラを持って現地に来たのだが、この路地については特定できていなかった。
この路地のロケ場所は物語に沿って忠実にこのあたりで撮影されているのであれば「満貫荘」「珍満亭」からそう遠くないはずだ。少し歩き回ってみた。ほんの5分とかからない時にこの路地へ。「あ、ここだな」と直感した。特に突き当たりの大谷石のブロックでそう思った。
メタBOさんもここであろうとアタリはつけられていたようだ。しかし「多分ここだろうとは思うが、納得できない点もある」という。
どういう点が納得できないかというと・・・・







まずバイクが右にカーブする時、作品では角に木造の建物が写っている。しかし1967年作品公開(1月14日封切りなので撮影は1966年だろう)の3年前、1963年の航空写真ではこの部分は更地のような状態に写っている。そして作品撮影時には古びた感じの建物が写っていて、さらにその作品撮影3年後の1969年の住宅地図では「恵泉駐車場」となっている。更地だったところに映画撮影までの3年以内に建物が建ち、撮影後3年以内に建物が取り壊され、駐車場になったということになる。有り得ないことではないだろうが、画面に写っている築3年以内とは思えない建物の様子が不思議だ。

もうひとつ、バイクがカーブを曲がって路地の突き当たりのように見える方向に走り去る場面を見てほしい。
突き当たりに大谷石のフェンス、あるいは石垣のようなものが見える。この大谷石のフェンスは巡礼時にも存在していた。ただし高さがだいぶ違う。作品では人や車の大きさから考えて、ゆうに3〜4メートルはありそうだ。しかし現在のそれは2メートルもない。何故だろう。

角の建物のことは不可解だが、このフェンスの高さについては仮説を立ててみた。
もう一度バイクが向こうに走り去る場面を見ていただきたい。
作品ではこの路地、左右の建物の土台部分を見ると、ほとんど平坦のように見える。
しかし現在では左右のビルの土台部分を見ていただいても明らかなように、かなり上り坂だ。
ということは土を盛って坂にしたのだろう。そうすれば大谷石のブロックも下部が埋まり現在の高さになる。

では何故そんなことをしたのだろう。
現在ではこの突き当たりを左に曲がると更に上り坂になっていて、すぐにもう少し広い道へとつながっている。車の通り抜けも可能だ。
坂にしないとこの少し広い道とは車が通れるようにはつながらないのだ。
当時はどうなっていたのだろう。平坦なまま突き当たりを左に曲がると、少し広い道とは何メートルかの段差ができてしまっていたはずだ。ここは作品撮影当時、上りの階段になっていたのではないだろうか。車は通り抜けできず、歩行者だけがその階段を上って広い道に出ていたのではないだろうか。

そして巡礼時には気がつかなかったことなのだが、この突き当たりの大谷石ブロックの横に「足立屋質店」という質屋が1969年の住宅地図に載っている。あらためて巡礼写真を見ると、これでもかとばかり大きく「質 足立屋」の看板が写っている。
バイクの通った路地はここで間違いないと思う。

巡礼時には気がつかなかったこの部分をストリートビューでもう一度見直してみる。
足立屋質店のシャッターが半分坂に埋まっている!
航空写真を見ると、その段差があるであろう部分に四角い何かが写っている。なにか建物か植物か、もしかしたら階段そのものなのかもしれない。
階段があったかどうか。足立屋質店あたりに聞き込みをすれば判明するかもしれない。
わずか数秒の重要でもなんでもないシーンなんですけどね。気になりだすとここが何処なのか、妙に気になる場所だ。




開始より1:13(東京都渋谷区恵比寿南)

商店街のみかん狩りの誘いに珍満亭に寄る徳一。




(撮影・2012・03・04)
この角度だと珍満亭の並びの店がよく見える。
珍満亭は実際に中華料理店(実際の屋号は「中華・恵比寿」。現在はマッサージ店)、隣が喫茶店「白十字」、その隣が焼き鳥店「鳥長」。「鳥長」は現在でも営業を続けられている。さらに向こうに「HOTEL EBISU」と書かれたホテルが見えるが、現在も名前は変わっているが、建て直されたホテルがある。

(協力・地図提供 メタBOの若大将さん)(航空写真 gooより)
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