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天国と地獄 ③ タイトルバック・予告編・特報 


こちらは 「東宝映画のロケ地を訪ねる・天国と地獄」タイトルバック・予告編・特報編 です。

「東宝映画のロケ地を訪ねる・天国と地獄 ①ロケ地編」では権藤邸から始まる作品本編で映し出されるロケ地はいったい何処なのか、現在ではどうなっているのか、を検証してきました。しかし、権藤邸内から始まる本編の手前、出演者やスタッフを紹介する文字のバックに横浜の夕暮れの風景が使われていて、これがまた何処なのか興味深いのですね。50年以上も以前の横浜の風景、びっくりするほど変化しています。
それと、本作品の「予告編」と「特報」。これらにも本編には無い情報が詰め込まれていました。
ここではそれも合わせて調べてみました。

目次



 タイトルバック全11場面に映し出されるのは何処なのか

作品の最初の部分で、タイトルや出演者、スタッフを紹介する文字が映し出されます。文字の背景には横浜市の街並みの映像が使われています。全部で11の場面なのですが、どの映像もフィックス(カメラを固定し、方向を変えたりズームしたりしない)。そしてどの画面も薄暗い夕暮れ。しかも煤煙のモヤ越しに撮影されています。もちろん意図されていることでしょうが明瞭な画像ではありません。
これらに映し出されている映像は何処から何処を撮影したものなのか。これから始まるストーリーの流れから想像すると、高台に建つ権藤邸から見おろす街並み撮影したものと考えるのが妥当と思われますが、はたしてどうでしょう。(浅間台の権藤邸の位置については、このページの一番最初「浅間台の権藤邸はどこにあったのか」を参照してください)

この「補足・些細なことなど編」では「東宝映画のロケ地を訪ねる・天国と地獄・ロケ地編」のように、撮影地を探し出して、その当時と現在を同じ位置から同じ範囲で撮影してみる、ということとは離れた話題で進めて行こうと思っていたのですが、気がついてみると、またしても同じことを始めていました。困ったもんです。

この検証にもHさんの絶大な協力をお願いしました。このタイトルバックに映し出されている映像、どれも望遠レンズで撮影されているので、写されている範囲は大変に狭く、しかも望遠レンズの特性上、前後の位置関係が分かりづらいのです。
1963年当時からは大きく変わった現在の横浜から、これらの場所を特定するなど、私には思いもよらなかったのですが、見事、すべてを解決してくださいました。いやあ、すごいです。
それではその全11場面を考えていきたいと思います。よろしくお付き合いお願いします。




① カメラ位置:横浜市西区浅間台・権藤邸  撮影方向:平沼橋方向

↓ まず佐藤勝の音楽とともに東宝マークが映し出され、「東宝株式会社 黒沢プロダクション 作品」と文字が続きます。その次にドーンと映し出される第1番目の場面が「天国と地獄」とタイトルが書かれたこの画面です。
この場面ではタイトル文字が消えて、背景のみが残る一瞬があるので、その画像で見てみましょう。





(撮影・2014・07・22)

手がかり
港を背景にして手前右側に、学校のような建物が写っています。校庭も見えます。建物の向こうには道路が橋のように跨いでいる様子が見えます。

調査の過程
この画面が何処であるかは、画面に見える学校が県立平沼高校の旧校舎と体育館であるということを地元Hさんより教えていただきました。さすが旧校舎を知る地元Hさんならではです。そうなるとカメラの位置や方向も見当がつけられそうです。

結論
予想通りカメラ位置は権藤邸。そこから東方向、県立平沼高校方面を見おろしています。
「病院」と書き入れましたが、現在ここに病院はありません。しかしここが病院であったことは当時の住宅地図から確認することができます。
この病院だけ照明が入れられ(タイトルバックの11画面、全て薄暗い夕方のように見えますが、フィルム感度の問題でしょうか、実際はどうやらそれほど暗い時間に撮影されたのではないようです。ほとんどの建物に照明がついていないことでそう思えます)静止画では分かりづらいですが、屋上には、いかにも病院ならではといった洗濯物などが干してあります(これも「仕込み」かもしれません)。当時の病院、シーツや包帯などの洗濯は業者に出さず、病院内で洗濯していた場合が多いと思います。この病院が犯人竹内が働く病院ということではないでしょうが、画面上の「アクセント」としてここが病院だと強調しているような気がします。

現在の写真ももちろん、当時カメラが据えられた権藤邸のセットが建てられた位置から撮影したいところです。
しかしセットが建てられた場所には現在、マンションが建っていて立ち入ることはできません。ところが幸運なことにHさんのお知り合いにこのマンションの関係者がいらして、屋上に上がらせていただくことができました。
最初に屋上に上がらせていただいたのは2014年の7月9日のこと。最初に、と書いたのは実は二度この屋上に上がらせてもらっているのです。まず予定した最初の日は生憎の雨模様。近くの建物は見えるのですが、タイトルバックの望遠レンズで写し出されている遠くの様子は、霞んでしまって見えない状態でした。
Hさんとマンション関係者の方に無理をお願いして二度目に訪れたのが7月22日。この日は快晴で上に掲載できたような鮮明な写真を撮ることができました。
マンションは半地下階を入れて5階建。そのためカメラの高さ的には10数メートル高い位置からの撮影になっている点をご了解ください。平面図的には正確な位置から撮影できているはずです。

平沼橋は前述したように、現在はアーチ橋に架け替えられ、平沼高校も校舎、体育館、共に建て替えられていますが、もちろん位置的には完全に合致します。
現在、当時カメラが据えられたであろう同じ位置に立ち、同じ範囲を見てみるとこの変わり様です。高層ビルの隙間からわずかに「海」を見ることができる、といった状態でした。




② カメラ位置:横浜市西区浅間台・権藤邸  撮影方向:現みなとみらい方向

↓ タイトルが消えるとバックが変わって2場面目になります。
これも文字が消える瞬間があるので、その画像でごらんください。





(撮影・2014・07・22)

手がかり
中央やや左に「桃色の煙を出した煙突」(「東宝映画のロケ地を訪ねる・天国と地獄」で特定済み)、右奥にトヨペットのネオンサインが見えます。

調査の過程
この場面も「タイトルバック①」と同じように背景に港が見え、高台からの撮影のようです。やはり「タイトルバック①」と同じように権藤邸からの撮影と仮定すると、桃色の煙を出した煙突の位置から推定して「トヨペット」のネオンは高島町交差近くにある「横浜トヨペット本社」ということになります。「タイトルバック①」で右側に写っていた県立平沼高校が今度は左端になっています。カメラを右に振ったということのようです。

結論
この画面もやはりカメラ位置は権藤邸。「タイトルバック①」からカメラを一画面分くらい右(南方向)に振った構図です。
同じ撮影範囲の現在を見てみましょう。左端に建て替えられた平沼高校の校舎が見えます。桃色の煙を出した煙突が立っていた工場はすでに取り壊されているので、煙突はありません。工場跡地には歯科技工士の専門学校が建てられています。しかし手前の建物の陰になっていて、ここからは見えません。横浜トヨペットは現在も同じ位置にありますが、これもよく見えません。
まあしかしこの角度から見ると「みなとみらい」方面に隙間なくビッシリ建っているように見える高層ビル、凄いことになっています。

↓ タイトルバック①、②に写っている権藤邸から比較的近い建造物を、当時に撮影された航空写真で平面図的にみると下のようになります。






③ カメラ位置:横浜市西区浅間台・権藤邸  撮影方向:山下公園・県庁方向

↓ 3場面目です。
これは文字が消える瞬間がないので、少々見にくいですが文字入りでごらんください。



(撮影・2014・07・22)

手がかり
遠くに霞んでいますが、高い塔のような建物がいくつか見えます。どうやら左方向が海、右方向が陸のように見えます。

調査の過程
塔の形状を見るとそれぞれ特徴があり、どうやら横浜税関、神奈川県庁、マリンタワーのように思えました。

結論
「タイトルバック②」から、さらにもう一画面分くらい右に振った構図だと思います。
左から横浜税関、神奈川県庁、そしてその右にマリンタワーです。この並び方から見るとやはり撮影位置は権藤邸のようです。
この三つの建造物、どれも現存しているのですが、残念ながら現在の権藤邸の位置からはビルに遮られて、一つとして見ることができません。






④ カメラ位置:横浜市西区浅間台・権藤邸  撮影方向:横浜駅東口・現そごう方向

↓ では4場面目です。
これも「出演者」と文字が入ってますが、それほど邪魔ではありません。邪魔などと言える立場ではありませんが。



(撮影・2014・07・22)

手がかり
中央やや右に円筒形のビルが写っているのが最大の手がかりです。

調査の過程
当時の地図と航空写真からこのビルを探し出すことができました。
「タイトルバック⑤」の説明の所に、この円筒形のビルが写っている航空写真を載せてあります。

結論
カメラ位置はやはり権藤邸。最初の「タイトルバック①」から、今度は逆に一画面分くらい左(北方向)に振った構図です。
ビルの右後方に黒く写っているのは相模鉄道と国鉄の線路です。左方向が横浜駅です。
この円筒形のビルは横浜駅西口の繁華街の中でも南西寄りの、相鉄線横浜駅の近くにあったようです。
現在の写真には「そごう」の看板が見えていますが、映画製作当時はまだありません。(「そごう」は1985年開業)

↓ Web上でこの円筒形のビルの様子がよく分かる貴重な写真を見つけました。タイトルバックとはほぼ逆方向から写した写真です。相鉄線の電車が走っているのが写っています。国鉄のホーム南西端から撮影されたものと思われます。ドンピシャの1963年に撮影された写真です。



写真提供 「ナイトトレインの平成・徒然草 ~心にうつるよしなしごとを書き連ねて~」さん。
写真使用のご了解ありがとうございました。(転載を禁じます)




⑤ カメラ位置:横浜市西区浅間台・権藤邸  撮影方向:横浜駅西口・高島屋方向

↓ では次、5場面目です。
これも文字が入ってしまいますが、それほど差し支えはありません。



(撮影・2014・07・22)

手がかり
「高島屋」のマークと「ナショナル」と書かれた屋上看板がはっきりと写し出されています。

調査の過程
高島屋マークの看板はもちろん横浜駅に隣接した横浜高島屋屋上に、「ナショナル」の看板は当時「相鉄ビル」という建物が西口駅前にあり、その屋上に設置されたものだということが当時の写真から分かりました。
この「相鉄ビル」は現在は取り壊され、その跡地には「横浜ベイシェラトン」というホテルがそびえています。(1998年開業)

結論
ここは先程の「タイトルバック④」から、さらに約一画面分、左(北方向)に振った構図ということになります。やはりカメラ位置は権藤邸。
「タイトルバック①」からこの「タイトルバック⑤」までの5場面は、全て権藤邸という同じ撮影地点からカメラを左右に振って撮影したということになります。

↓ タイトルバック④、⑤で登場する建造物を当時の航空写真で見てみました。






⑥ カメラ位置:横浜市南区中村町・稲荷坂  撮影方向:京急黄金町駅方向

↓ では次、6場面目です。
かなりたくさんの文字が入ってしまいました。残念ながら文字が消える瞬間はありません。



手がかり
画面上部を左右に高架鉄道が通っています。
「志村喬」の「志」の字に重なっている部分に横書きの看板が写っています。「田崎潤」の「崎」の字の右下に横浜市電が写っています。

調査の過程
高架鉄道は京浜急行。「黄金町駅」の近くのようです。画面右部分が黄金町ホームです。横書きの看板は「横浜銀行」と描かれていてるようです。市電の所からこちらに伸びている道は駿河橋です。
Hさんの調査。
「1963年当時に京浜急行が見える位置にある横浜銀行の支店は「阪東橋支店」だけでした(横浜市内で)。現在の所在地も当時と同じ場所です。横浜銀行の「年史サイト・資料」で確認済みです。これも「確定」で良いかと思います」
なるほど、地図で調べると「京急黄金町駅」「横浜銀行阪東橋支店」そして市電が走っていた「16号線」、隣接しているというほど近くはありません。しかし画面を見るとほとんど、くっついているように見えます。望遠レンズは遠近が圧縮されて見えるという特性だったのですね。

結論
ここにきてカメラ位置は今までとは一変、権藤邸を離れて遠く南に移動、ほぼ逆方向からの撮影になったようです。
この場面のカメラ位置は本編(開始から1時間10分あたり)で戸倉警部と田口刑事が権藤邸から帰る時に(実際には権藤邸に通じる道ではないが)車で下った坂(稲荷坂)の途中ということになるのです。
黄金町駅を高い位置で南側から見る。ということで最初は黄金町駅近くのビルの屋上などを推定していたのですが、稲荷坂から北方向を撮影しているということがわかりました。現在は黄金町との間には高いビルができていたり、当時は無かった首都高速が通っていたりで、稲荷坂から黄金町駅前が見えるとは想像もつきませんでした。

(協力・Aさん)




⑦ カメラ位置:横浜市南区中村町・稲荷坂  撮影方向:掘割川・中村橋・国道16号方向

↓ 7場面目です。
さらに盛大に文字が入ってしまいました。



(撮影・2014・07・22)

手がかり
静止画だと車の動きがわからないので理解しにくいのですが、左右に道路が通っています。道路の手前は川。道路から手前直角に橋が架かっています。道路の向こうは商店や民家が並んでいるようです。

調査の過程
川と道路が隣接している様子から、ここは根岸の北、掘割川と国道16号とアタリをつけました。
ここでHさんは画面右上に写っている一軒の建物が現在もそのまま残っていることを発見しました。寄棟屋根が特徴の二階建て商店のようです。画面右上の楕円形内です。

結論
このカメラ位置も「タイトルバック⑥」と同じ稲荷坂の途中です。
現在は川に沿ってマンションが建っているので、撮影地点からは件の建物はほとんど見えなくなってしまいましたが、かろうじて特徴のある寄棟造りの屋根が見えています。



追記:この寄棟屋根の商店、2017年3月までには解体が済み、更地になっているのが確認されています。撮影地を証明するものが一つ減ってしまい残念です。
(情報提供・Aさん)




⑧ カメラ位置:横浜市南区中村町・稲荷坂  撮影方向:平戸桜木道路・ドンドン商店街入り口交差点方向

↓ 8場面目です。
これまた盛大に文字が入っています。



手がかり
中央やや上を左右に高架鉄道が通っています。映画をみると電車が通過しています。
鉄道の向こうに街路灯が連なっている通りが見えます。

調査の過程
高架鉄道はタイトルバック⑥と同じ京浜急行と見て間違いないでしょう。となるとカメラ位置はやはり稲荷坂から北方向ということになりそうです。

結論
タイトルバック⑥では京急の黄金町駅のやや西の方角を撮影していましたが、ここではカメラをさらに少し左に振り、隣駅である南太田駅のやや東の方角を撮影しています。
線路の向こうに見える街路灯の連なり(右上矢印)は、平戸桜木道路から北に入る「ドンドン商店街」ということになります。「ドンドン商店街」とは斬新なネーミングですが当時からこの名称であるようで、賑やかな商店街だったということです。
中央やや左に煙突(左上矢印)が見えます。これは銭湯の煙突です。画面の下方に銭湯の屋根が見えます。この銭湯、「大和湯」(現在は廃業)といい、鎌倉街道の吉野町三丁目交差点近くにありました。方向的にはドンピシャです。

(協力・Mさん、Aさん)




⑨ カメラ位置:横浜市南区中村町・稲荷坂  撮影方向:掘割川・国道16号中村橋交差点方向

↓ 次は9場面目です。
この場面も盛大に文字が入っている画面しか得られません。



(撮影・2014・07・22)

手がかり
手前の文字に重なった部分はやはり道路と川が写っています。そして幸運にも重要な手がかりは、文字の無い画面上部に集中しています。道路に沿って商店が並んでいるのが見えるのです。

調査の過程
ここでもHさんは大発見をしています。画面中央の商店の「サモン」と書かれた看板です。「サモン」は大正製薬が発売している滋養強壮薬。ここは薬局だったということが分かりました。
もしかしたら今でもここに薬局はないだろうか。道路と川との様子からして、ここは「タイトルバック⑦」に近い場所と思われます。その近辺を探してみると、薬局ありました。しかも建物は当時のままです。薬局の隣は時計店、これも当時のままです。時計店とは逆となり、商店街の道を挟んで角の建物、現在は店を閉じられていますが(呉服店であったとの情報あり)建物は変わっていません。いや、すごいな!思わず興奮です。

結論
この画面も稲荷坂からの撮影で、「タイトルバック⑦」からカメラを少し左(南)に振った構図、国道16号の中村橋交差点付近が写されています。
当時と同じカメラ位置からでは、新しくできた建物に遮られて薬局などの商店が確認できません。いたしかたなく坂をおりた地点から見えた様子を現在写真としました。








⑩ カメラ位置:横浜市西区浅間台・権藤邸  撮影方向:県立藤棚団地方向

↓ 次は10場面目です。
これは文字が入っていない瞬間があります。





(撮影・2014・07・22)

手がかり
中央に大きく団地のような建物が見えます。その左後方にも3階建くらいの鉄筋の建物が見えます。

調査の過程
この団地を権藤邸からは南方向に見える「県営藤棚団地」と仮定してみました。すると団地左奥の鉄筋建物は付近にある「横浜市立一本松小学校」ではないかということになります。

結論
「県営藤棚団地」と「横浜市立一本松小学校」の位置関係から推測すると、カメラ位置は再び権藤邸戻ったとするとぴたり合致します。
「県営藤棚団地」は県の物件案内を見ますと「建設年度:昭和57~60年度」とあるので、建て替えられているようです。しかし建物の位置は概ね変っていません。
一方、「横浜市立一本松小学校」は学校のHPを見ると1960年に鉄筋校舎完成とあるので、作品の画面に写っているのがそれです。さらに1993年に北校舎(画面では左寄り)改築工事着工とあるので、現在写真では鉄筋校舎が横に少し大きくなっています。校舎右部分は映画撮影時と同じ建物だと思います。
小学校のさらに向こうに三本の塔のような物がが写っています。(現在写真が分かりやすい)これはかつての横浜競馬場(根岸競馬場)にあった「一等馬見所」(1929竣工)で、戦後米軍に接収されましたが現在は返還され、建物だけが巨大な廃屋状態で今も残っています。







⑪ カメラ位置:横浜市南区中村町・稲荷坂  撮影方向:横浜市磯子区・掘割川・国道16号方向

↓ いよいよ最後、監督を紹介する11場面目です。
これも文字が入っていない場面がありますのでご覧ください。





(撮影・2014・07・09)

手がかり
川が流れ、それに沿って通る道路が写っています。川には橋が架かっています。橋の手前の道路の脇に、川から柱が立てられ、その上に川に張り出すようにして作られた柵のある歩道のようなものが見えます。

調査の過程
ここもまた川と道路が並んでいるので「タイトルバック⑦」「タイトルバック⑨」と同じように掘割川、国道16号と想像できます。「川に張り出すようにして作られた柵のある歩道」が現在も残っていれば特定できるのですが、これがなんと残っていたのです。

結論
カメラは再び稲荷坂に戻りました。 ここはタイトルバック⑦、⑨で映し出されていた掘割川、国道16号沿いの地点よりも、カメラを大きく左(南)に振った地点が写されています。
しかし現在、稲荷坂から崖下を覗くような状態でこの「川に張り出すようにして作られた柵のある歩道」あたりを見てみても、タイトルバック⑨の時と同じように、新しくできた建物に遮られて、川も道路も見ることができません。実際、現地に立ってみると、正確な方向などはっきり分からないのです。しかたがないので、カメラ位置は全然違ってしまいますが、掘割川のすぐ横まで降りて撮ったものを現在写真としました。この角度でも同じ場所であるということが、はっきり分かると思います。



↑ さて、これで無事(?)タイトルバック全場面のカメラ位置と方向が解明できたと思われるのですが、この監督を紹介する最後のタイトルバックで、左隅の方に大きく煙突が写っています。良い構図です。ところでこの煙突、何処の煙突なのだろうと言う話になりました。
煙突と、その向こうに見える天神橋の東側の袂とが重なって見えます。カメラ位置は稲荷坂なので、稲荷坂の撮影位置と天神橋の東端を結んだ線上に煙突は存在したということになります。
しかし稲荷坂からの撮影には間違いはないと思うのですが、稲荷坂のいったいどのあたりの位置から撮影したのか、それがピンポイントでは分かりません。稲荷坂から撮影されたタイトルバックは、ここを入れて5画面あります。それらから正確な位置を割り出せるか。しかしそれらが同じ位置から方向を変えて撮影したとは限りません。むしろ方向毎に良い構図になるように、位置を変えて撮影したと想像する方が自然のような気がします。でも見下ろす角度から考えて、それほど坂の下の方ではなさそうです。まあ中腹と考えてみましょう。稲荷坂は全長でも300メートルほどの坂ですから、それでも煙突の方向の見当くらいはつきそうです。下図にそれを示しました。



↑ 1963年撮影の航空写真で、稲荷坂の撮影推測位置の範囲と、天神橋の東側の袂を線で結んでみました。出来た三角形の中に煙突が存在するはずです。特に青色で示した楕円のあたりは工場地帯で、この辺りが有力のように思われます。
航空写真は真上近くの角度で撮影されているので、いくら高い煙突でも一点にしか見えません。しかしそれらしきものを発見できました。煙突の影です。1963年の航空写真を拡大してみました。煙突の影が右上に伸びているのが見えます。影が途中で折れ曲がっているのは、そこが斜面だからです。
もう少し煙突がはっきり写っている1978年撮影の航空写真を載せました。
ここは「東亜道路工業」という道路の舗装に使う材料を製造している会社の横浜工場です。その煙突だったのですね。現在も工場は存在しますが、煙突は残っていません。

↓ と、ここまで分かったところでMさんは発見をします。煙突に取り付けられた白い看板。
「これは『東亜道路工業』の『東』ではないでしょうか」
うわあ!



この監督紹介画面がフェードアウトすると、広い窓越しに下界を見おろす権藤邸に三人の重役が訪ねて来ているシーンが映し出されます。そして権藤の第一声「結局、今日の話っていうのは何だね?」のセリフで物語が始まるのです。

タイトルバック11場面のカメラ位置は、浅間台の権藤邸セット位置と、稲荷坂途中位置の二か所、ということが分かりました。下図にカメラ位置と撮影方向をまとめてみました。
(現在の地図に書き込んだものです)



タイトルバックの当時と今、いかがだったでしょう。毎度のことながら、この横浜でも面影もなく変わってしまった所や、意外と雰囲気を残した場所、様々でした。それにしても高いビルが増えて、見晴らしが良くなくなったことは改めて痛感しました。
作品公開から50年以上が経ちました。造船工場などの煤煙がモヤモヤした所に今はランドマークタワーです!
50年だものなあ、と思うと同時に、たった50年でここまで変われるものなのか!とも思うのです。

ロケ地特定以外にも「天国と地獄」考察に関して、様々な協力をいただいたHさんとのメールのやり取りを数えてみたら300件を超えていました。(まあ雑談的なものも含んでですが)心より感謝申し上げます。

(協力・原田教隆さん 網野さん 三浦さん)





 「予告編」だけに登場するシーンがある・1



「天国と地獄」にも勿論、予告編が存在します。DVDなどを購入すると予告編が映像特典として付属しているので見ることができます。
それを見ていて気がつくのは「あれ?こんなシーン、本編にあったかな?」という場面がいくつか出て来ることです。その中の一つに、木造の長屋が軒を並べているカットがあります。本編には登場しません。本編に登場しないからといって、ここが何処なのかを特定しないわけにはいかない、という、まあ困った話です。
あるSNSでHさんがこの話題についてコメントされました。するとHさんのお知り合いに「天国と地獄」や昔の横浜について興味を持たれている方が何人かいらして、ついにここが特定されてしまいました。いや、さすが地元横浜の方々です。すごいです。
結論を申しますと、ここは本編開始から1:10、戸倉警部と田口刑事が権藤邸を後にして車で坂を下る「稲荷坂」の途中から下を見おろした構図です。



↑ 予告編場面では長い3列の長屋に沿ってだいたい4本の路地が通っているように見えます。そして向こう2列には切れ目のような状態が見えます。1963年の航空写真にもその様子が見えます。そしてA,B,C,Dが合致しているように見えます。間違いないです。

この住宅、2007年に取り壊されたということが分かりました。意外と最近まで存在していたのです。
大正12年の関東大震災、その2年後に建てられた仮設住宅だったということです。解体時には長年にわたる改築や増築(予告編場面でもそれがうかがえます)が施されていましたが、当時の資料によると新築時には合計68戸の平屋住宅で、その間取りまでもが分かります。

静止画では分かりずらいのですが、冬の撮影時期にもかかわらず、白い夏服を着た人が何人も路地を行き来していて、白い洗濯物がたくさん干されているのが見えます。本編開始から1:10の刑事が車で坂を下るシーンを撮影したついでに、ちょこっと撮ったショットを「お、これ使えそうじゃない。予告編にでも使うか」ではないのです。十分な準備がされているのです。それで本編ではボツだものなあ、すごいなあ、と思います。

(協力:原田さん・網野さん・三浦さん)


↑ この近辺の現在。古い建物はもう無く整備されています。(撮影Aさん・2015・06・15)








 「予告編」だけに登場するシーンがある・2



もう一つ、予告編にだけ収められている場面です。
ラストシーンで、権藤は死刑が確定した竹内からの要請があり刑務所へ面会に訪れます。竹内は胸の内を権藤に告げ、最後は絶叫し、看守に抑えられ、急遽仕切りのシャッターが閉じられます。シャッターの向こうではまだ竹内の叫びが聞こえます。シャッターの手前で一人残された権藤。そして「終」マーク。
これが公開された「天国と地獄」のラストシーンです。
ところが予告編には戸倉警部と権藤が、刑務所内とおぼしき廊下を向こうに並んで歩いて行くカットが現れます。このような場面は公開された本編には登場しません。
実は「シャッターの手前で一人残された権藤」の後に、脚本上(決定稿)では下記のような場面があったようなのです。

♯123 刑務所・廊下
権藤と戸倉が黙々と歩いて行く。
コンクリートの壁にはねかえる音がうそ寒い。
権藤は時々立ち停って振りかえる。
ここまで、あの悲しい竹内の笑い声が追って来る — そんな気持ちだ。
戸倉にも、そのやりきれない権藤の気持がよくわかる。
しかし、何か言って慰めたいのだが、言う言葉もない。
また、権藤にもその戸倉の気持がよくわかる。
しかし、何か言いたそうな戸倉の顔を見て、にがく笑うだけがやっとだ。
二人は、そのまま黙々と暗い廊下を歩いて階段を上る。
階段の上には晴れ渡った冬空をつきさすように冬木立の梢がのぞいている。
二人は、その階段を上り切って、冬木立をバックに向い合う。
権藤「ところで、貴方ともこれでお別れですね・・・今度はいつお眼にかかれるか・・・」
戸倉「いや、私なんかに用がない方がいいですよ」
二人、顔を見合わせて、やっと微笑する。
その二人の後姿が、空を横に区切った階段の上から沈むように消えて行く。
冬木立の梢だけが残る。
(F・O)
(出典:「全集黒澤明 第五巻」岩波書店)


そして実際、そのシーンは撮影されたのです。その中のカットが予告編に使われたと思われます。
二人が歩く廊下の先は階段で上がるようになっていて、「階段の上には晴れ渡った冬空をつきさすように冬木立の梢が・・・」につながる屋外のような明るさが見えます。そして冬木立バックのシーンと思われるスチールが下に挙げた写真です。冬の撮影でやっとありのままの冬が撮れたのですね。
いずれにしろ、この刑務所を去るシーンは使われませんでした。権藤の前でシャッターが閉まり「終」マーク。この余韻を残して終わるラストが選択されたようです。



(協力:川越東宝さん・三浦さん)



 「予告編」に使われている映像は本編と同じものなのか



「天国と地獄」に限らず、予告編というものは撮影されたフィルムからハイライトシーンを選び出し、短く編集して製作されたもの、だから本編に登場するのと同じ映像で構成されているものだとばかり思っていました。
しかし「天国と地獄」の予告編を観ていると「あれ?このカット、本編のと微妙に違うような気がするが・・・」と思うカットがいくつかあることに気が付きました。もちろん前述した「予告編だけに登場するシーンがある」は別にしてのことです。

「天国と地獄」の予告編は最初の「東宝マーク」から始まって全部で29のカットで構成されています。29なら出来なくはないだろうと全カットを本編と比較してみました。
驚くべきことが分かりました。最初の「東宝マーク」を除き、全てが本編とは違う映像なのです。

当時の予告編の編集は助監督の仕事だと聞いたことがあります。監督になるための修行のひとつだったそうです。他の作品の予告編を検証したわけではないので、全てがそうなのかは分かりませんが、予告編の素材が本編に使用するフィルムを複製したものではなく、撮影したフィルムの中から本編には使用しない部分を使って製作するのだとしたら、本編とは違う映像ばかりで構成されているのは当然のことであり、「驚くべきこと」と書きましたが、これは常識なのかもしれませんが。

では少し長くなると思いますが、予告編全29カットの本編との比較をごらんください。
以下、上下二枚並んでいる画像は上が予告編、下が本編からのものです。



↓ ①
まず予告編も本編と同じように「東宝マーク」から始まります。これはモノクロ・シネスコ用として予め用意されている素材を使用するのだと思います。この「東宝マーク」は中心の「東宝マーク」のセンターから(ややこしい)輝く光条が回転するような動きを見せます。さらに光条は外に広がるような動きもあり、全体として二度と同じ模様を繰り返すことはありません。しかし、予告編、本編、共通して光条が同じ状態の瞬間がありました。やはり同じ素材からです。この一致は本編からの流用というより、予め用意されている素材なので当然なのでしょう。


(本編 0:00)



↓ ②
書家、西川寧氏によるタイトル文字です。予告編では黒バックですが、本編では権藤邸から見た夕暮れの横浜市街がバックになっています。この違いは別に驚きはしません。
しかしちょっと驚くのは予告編、本編で、筆で書かれた「天国と地獄」の文字のディテールが明らかに違うのです。分かりやすい部分で言うと「天」の最後のハライの先端と「国」の左下との位置関係。「国」の一画目の角度、「獄」の最後のハライの長さ、などです。 一番下に西川寧氏の「原書」とされているものを示しました。 原書は何パターンかあり、本編と予告編で映像シーンが違うのと同じく、本編で使用されなかったタイトル文字を使ったと想像できます。
(協力・Hさん)


(本編 0:00)





↓ ③
予告編では突然ラストシーンからのカットが挿入されます。
竹内が絶叫し立ち上がります。カメラは立ち上がる竹内を追います。その時、竹内の目のあたりにガラスの反射が映ります。 「あれ?本編もこうだったかな」と気がついたのが今回の「予告編に使われている映像は本編と同じものなのか」を調べてみようとしたきっかけです。
本編でのこのカットはもう少し引きのアングルで、手前に権藤も写っています。おそらく黒澤監督独特の「マルチカメラ」(同じカットを撮影する時、複数台のカメラで違った位置から同時に撮影する手法。後で良い方を選ぶことができるし、そのカットを分割し、別アングルに切り替えようとする際も自然なつながりが出せる。「マルチカム」とも呼ぶ。)による別アングルのフィルムを使用したものと思われます。


(本編 2:22)



↓ ④
静止画で見ると同じようですが、予告編では静止、本編ではもう少し引きの状態からズームアップし、この画面になります。ズームアップし終わり、余裕をもたせてカメラを回し続けた部分を予告編に使用したのではないでしょうか。


(本編 2:16)



↓ ⑤
「予告編だけに登場するシーンがある・2」のカットです。本編には登場しません。





↓ ⑥
予告編では新聞の上にパサッと新聞が重ねて置かれます。本編では置かれた動きは無く、紙面がズームアップされます。一連の撮影されたフィルムの中で、前半を予告編、後半を本編が使用したと思われます。


(本編 1:04)



↓ ⑦
河西(三橋達也)が誘拐されたことを電話で警察に知らせようとすると権藤(三船敏郎)が「警察に知らせたら純が危ない!」と止めるシーンです。
全く違うアングルです。これも前述した「マルチカメラ」の別アングルです。
しかも「警察に知らせたら純が危ない!」と権藤が言った後、権藤の妻、怜子(香川京子)がそれに被せるように「あなた、あなた」と言うタイミングが予告編、本編で微妙に違うので、テイク(同一カットを複数回、繰り返し撮影したとき、そのそれぞれの撮影した映像)も別だと思われます。


(本編 0:18)



↓ ⑧
「予告編だけに登場するシーンがある・1」のカットです。本編には登場しません。





↓ ⑨
麻薬街のシーンです。「マルチカメラ」の別アングルです。
本編で中央に見える麻薬中毒者(鈴木和夫)がアイスクリームを口から離すタイミングを基準に予告編、本編を比較すると他の麻薬中毒者たちの動きが一致するので、テイクは同じだと思われます。


(本編 2:05)



↓ ⑩
権藤が河西に五千万円の小切手を見せ「これがある限り、逆に貴様らを叩きだしてやる!」というシーンです。
これはマルチカメラではなく、別途に撮影したのだと思います。なぜならマルチカメラだとしたら、本編のカットを撮影しているカメラの位置が、予告編では戸倉警部(仲代達矢)が立っている位置の方向になり、カメラが写ってしまうのでそこにはカメラを置けないからです。権堂と河西のセリフを聞いても微妙に違いがあります。


(本編 0:42)



↓ ⑪
戸倉警部と田口部長刑事(石山健二郎)が権藤邸を後にし、車で坂を下るシーンです。同じように見えますが予告編では車の向こうに石垣のような様子が写っています。本編ではこの石垣が見えることがありません。


(本編 1:10)



↓ ⑫
予告編ではカットが分けられていますが、本編では上記のカットから続くひとつのカットです。
一見同じように見えますが違いがあります。車が下る先に国道16号線が左右に通っています。静止画では分かりませんが予告編では車が通行している様子が見えません。しかし本編では数台の車が通行しているのが写っています。
この静止画では警察の車が同じ位置を通過している瞬間で比べてみました。予告編より本編の方がカメラの角度がやや上を向いています。別テイクです。


(本編 1:10)



↓ ⑬
竹内が麻薬の取り引きに酒場を訪れます。外国人の客、売人の女、変装した刑事らが見えます。しかしこのようなカットは本編に登場しません。





↓ ⑭
田口、荒井(木村功)の両刑事が腰越の別荘に向かい、別荘内に死体を発見するシーンです。
荒井刑事が拳銃を構え、家の中の様子を伺いながら移動します。死体があると分かると拳銃をしまい、ハンカチで口をおさえます。この動きが予告編、本編を比べても違いがまったく見いだせないのです。これは「予告編、本編で同じカットは無い」という仮説も崩れたかな、とあきらめる寸前、違いを見つけました。本編では外に干してあるタオルのようなものが風になびくのです。予告編ではなびきません。さらに気がついてみると部屋の中に吊るされた蚊帳(かや)も揺れ方が違います。別テイクです。それにしても全く同じ動きができる木村功に驚きました。


(本編 1:34)



↓ ⑮
竹内が山下公園をうろつくシーンです。刑事が変装した浮浪者、ベンチに座ったカップルの動きも違いますが、いちばんの違いは予告編では海上をボートが横切るとことです。別テイクです。


(本編 1:56)



↓ ⑯
県警屋上でのシーンです。戸倉警部のセリフ「ホシに気づかれずにホシから絶対に目をはなすな」の「な」の所で止めてみました。予告編ではこのセリフを歩きながらほぼ正面を向いたまま話します。本編では立ち止まって左右を向きながら話します。別アングルでしかも別テイクです。


(本編 1:54)

↓ 「互楽荘」と書かれた煙突が見えます。予告編では煙が出ていますが、本編では出ていません。別テイクであることを証明しています。





↓ ⑰
竹内が麻薬の取り引きに現れた酒場の様子です。カメラは移動しながらガラス面に書かれたメニューを写します。予告編、本編でガラスの向こうに見える店の客の動きが全く違います。別テイクです。


(本編 1:59)



↓ ⑱
竹内が酒場の店内を移動しています。竹内が店内で同じ位置で比べると、手前の客の動きが全く違います。これも別テイクです。


(本編 1:59)



↓ ⑲
麻薬の売人(常田富士男)が中毒者の群れの中を進みます。予告編、本編で画角が違います。中毒者の動きも全然違います。なのでマルチカメラの中の別カメラ、しかも別テイクなのではと思われます。


(本編 2:05)



↓ ⑳
カメラ位置や画角はあまり変わらないのでマルチカメラではなく一台のカメラで別テイクかとも思いましたが、崩れ落ちる中毒者(富田恵子・草笛光子の実妹)の姿勢が別テイクでここまで一致するものでしょうか。「W.C.」と書かれたドアにあたる照明が違いや、カメラ位置の微妙な違いから、やはりマルチカメラの別カメラ映像で、同テイクかと思われます。


(本編 2:07)



↓ ㉑
サングラスをかけて中毒者に近づく竹内。この後、尾行していた刑事たちが現れるのですが、その展開から考えてマルチカメラによる別カメラのフィルムが予告編、本編に使われているようです。


(本編 2:08)



↓ ㉒
もちろんこれは予告編のみです。





↓ ㉓
演出中の黒澤監督。もちろん本編には登場しません。
ちなみにこの時流れる曲は本作品の音楽を担当した佐藤勝による「捜査のマーチ」という曲で、本編に使用されることはありませんでした。





↓ ㉔
この場面、予告編で聞こえる電話で受け答えしているセリフは、竹内からの5度目の脅迫電話からの抜粋なのです。
ところが予告編の画面はその5度目の脅迫電話の時のものではなく、竹内から最初にかかってきた脅迫電話での画面です。違う場面に違うセリフをうまくはめ込んでいるのです。うまくはめ込んでいるといっても、やはり口と声がずれている部分もあります。
予告編のカットと、本編の最初の脅迫電話でのカットを比べてみました。一致する瞬間が無いのでテイクも違うようです。


(本編 0:17)



↓ ㉕
走るこだま号のカット。これも予告編、本編で同じ一瞬はありませんでした。マルチカメラの別カメラか、複数回テイクを重ねたのか、どちらかだと思われます。


(本編 0:17)



↓ ㉖㉗㉘㉙
そして最後のこの4つのカットはもちろん予告編だけのものです。これで3分37秒の予告編が終わります。





以上、全29カットで構成されている「天国と地獄・予告編」。何度見たか分からない本編。その予告編を見て「そうそう。このシーン」と、お馴染みの本編の中から同じカットが断片的に現れているのだとばかり思っていたのが、実は最初の東宝マークを除いて全部違うものを見てそう思っていたのでした。これは本当に驚きです。





 では「特報」ではどうなのか



前項で「予告編」に使われている映像は「本編」と同じものなのかを見てきました。結果、最初の東宝マークを除いて、一つとして同じものはないということがわかり、驚きました。

さて、映画館で本編公開の間近になると上映されるのが「予告編」ですが、さらにもう少し前の段階で「特報」というものが上映されることがあります。「天国と地獄」にもそれが存在します。
では「特報」に使われている映像はどうなのでしょう。「本編」とも「予告編」ともまた違う映像なのでしょうか。同じように見比べてみました。結論を言うと、予想通り「本編」にも「予告編」にも登場しない、別物の映像からできていたのです。

「特報」はまだ「本編」撮影途中に編集されたものと思われ、使用できる素材フィルムが少ない為か「予告編」に比べると短めです。「予告編」は3分37秒、29カットでしたが「特報」は1分52秒、16カットです。

では見ていきましょう。以下、上下二枚並んでいる画像は上が「特報」、下が「本編」からのものです。



↓ ①
まず、こんな画面から始まります。
え? と不思議に思われるでしょうが、この画面はリバイバル上映の時に付け足されたものだと思われます。





↓ ②
次に「東宝マーク」が入ります。
これは「予告編」の時と同様、「有りもの」の素材を使用するのでしょうから、本編と同一です。


(本編 0:00)

ちなみ音楽について触れますと、この「東宝マーク」の部分、「特報」では無音です。「予告編」には本編にも登場するファンファーレ風の曲が入っています。「本編」では鉄弥恵子(かなわ やえこ)さん歌唱によるソプラノが加わったテーマ音楽で、そのままタイトル、クレジットへと続きます。
「予告編」では本編に使われる音楽がいくつか登場してきます。しかし「特報」編集時点ではまだ音楽が録音されていなかったのでしょうか、最後の部分にギター曲が登場し、その後、打楽器と管楽器の曲で締めくくられますが、これらは本編には使われていない音楽です。



↓ ③
毛筆の文字で「黒沢明監督作品」と出ます。予告編でも「黒沢明監督作品」と出ますが全く別物です。ちなみにどちらも「澤」ではなく「沢」になっています。





↓ ④
さて予告編でも話題にした書家、西川寧氏によるタイトル文字「天国と地獄」が出ます。
実はここでも本編、予告編ともまた細部が微妙に違ったタイトル文字になっているのですが、ここではこの問題は通過することにします。





↓ ⑤
権藤がシャワーを浴びていると電話のベルが鳴り、急いでガウンを引っ掛け、電話器に向かうシーンです。
「特報」と「本編」、同じカットでも撮影位置が違うので、それぞれマルチカメラの別カメラです。微妙な判断なのですがテイクも違うように思えます。
このシーン、「予告編」には出てきません。


(本編 0:45)



↓ ⑥
竹内(山崎努)の声が聞こえ、権藤と竹内が電話で会話しているようにも見えますが、この竹内がアパートの自室から権藤邸を見ているカットは本編では時間的に全然違う部分、進一救出後のシーンからのものです。
椅子にかかるカーテンの具合などから、「本編」とは別テイクではないかと思われます。マルチカメラの別テイクか、あるいは何回か同じカットを撮影する中で、カメラ位置を少し変えた別テイクなのではないかと想像しています。


(本編 1:05)



↓ ⑦
そしてまたカメラは権藤邸に戻ります。 竹内が「カーテンを閉めきって何をやっているんだ」と言うので権藤は「何でもない証拠にカーテンを開けてみせる」というシーンです。
同じ瞬間で止めて「特報」「本編」を比べてみました。ご覧のようにマルチカメラで別アングルですが、各人の動きを比較しますと、違いが見いだせませんでした。どうやら同じテイクのような気がします。
このシーンも「予告編」には出てきません。


(本編 0:46)



↓ ⑧
権藤邸から見た横浜市内です。
中央やや左に、煙が出ている煙突が写っています。これは例の桃色の煙を出した煙突です。煙に着色された本編と比べてみますと、カメラの方向が少し違うだけで、太陽光などの具合を見ますと同じ時に撮影したものだと思われます。
本編の始まり、クレジットのバックにも「特報」とほぼ同じように、煙突が中央から左にずれたアングルの画面が出てきますが(写真いちばん下)もっと薄暗くなった時間帯に撮影したもので、素材としては別物です。
「予告編」にこの場面は登場しません。
このあたりからギターの音楽が入ります。「天国と地獄」本編では聞いたことがありません。これは「悪い奴ほどよく眠る」(1960年の黒澤作品)からのものです。


(本編 1:48)


(本編 0:00)


↓ ⑨
「本編」には登場しない場面が現れます。これは「予告編」にも登場しないのです。「特報」だけに使われている映像です。
何処なのでしょう。密集した家屋と道路、それに鉄橋のような橋が見えます。
横浜にお住まいのMさんによって、ここがどこだか特定されています。
詳しくはこの後の項「そして『特報』だけに登場するシーンもある」で説明することにします。





↓ ⑩
「本編」には登場しないカットがもう一つ続きます。しかしこの場面は「予告編」にも登場したので「予告編だけに登場するシーンがある・1」で説明しました。「特報」と「予告編」には登場するが、「本編」には登場しないということです。
ではこのカット。「予告編」と同じものでしょうか。そうなんです。予想された通り、一見同じでも実は違うのです。

上の写真が「特報」で下が「予告編」からのものです。
カメラはフィックス(カメラの位置も方向もズームも固定で撮影すること)です。路地を行きかう人の動きを見てみました。画面右下に右から左の方向に歩いている白いシャツを着た人物がいます。「予告編」(写真下)ではその人物が右下から現れて7,8歩あるいたところで次の画面に切り替わります。「特報」(写真上)では「予告編」で切り替わった位置から白シャツの人物がスタートして更に左に向かいます。同テイクのフィルムを前後に分け、前半を「予告編」、後半を「特報」が使用したのだと思われます。
ここが何処であるのかは三つ前の項「『予告編』だけに登場するシーンがある・1」で説明した通りです。


(上:特報 下:予告編)



↓ ⑪
中尾(加藤武)、荒井(木村功)の両刑事が川沿いで捜査を進めている場面です。
「本編」「特報」、セリフの同じ瞬間で止めてみました。
両刑事の演技は驚くほど完璧に同じように見えるのですが、両刑事に付いて移動してきたカメラが止まった位置が微妙に違うのと、川の向こうの工場の風になびく旗、屋根に取り付けてある排気のフィンの回り方も違うので別テイクです。
この場面、「予告編」には登場しません。


(本編 1:02)



↓ ⑫
「本編」「特報」同じカット割りで、竹内が刑事たちとは川の対岸を歩くカットに切り替わります。
竹内が道路脇に立つ地図の前を通り過ぎる時のうつむき加減が違うので別テイクです。
この場面も予告編には登場しません。


(本編 1:02)



↓ ⑬
出演者を紹介しています。
そういえば「予告編」での出演者の紹介はテロップ型式で、三船敏郎と仲代達矢が紹介されただけでした。





↓ ⑭
演出中の黒澤監督。「予告編」でも撮影風景シーンが登場しましたが別のものです。しかし撮影した場所は「予告編」「特報」同じで、酒匂川の岸辺、進一を救出するシーンを撮影した際に撮られたものだと思われます。
ちなみにここで流れる音楽は「椿三十郎」からのものです。





↓ ⑮
そして再び「天国と地獄」とタイトルが映し出されます。前に出た文字とまた微妙に違います。いったいどうなってるのか不思議です。





↓ ⑯
「公開迫る」の文字で「特報」が終わります。





以上、全16カットで構成されている「天国と地獄・特報」。これも「予告編』同様、東宝マークを除いて、あとは全て「本編」に使われている映像とは違うものでした。いやあ、これも今まで気がつきませんでした。

1961年の「用心棒」、1962年「椿三十郎」とヒットが続き、その翌年の「天国と地獄」。さぞ期待が高まる「特報」だったことでしょう。





 そして「特報」だけに登場するシーンもある

先程、「では『特報』ではどうなのか」の項で、「本編」にも「予告編」にも登場しない、「特報」だけに登場する場面が存在することを紹介しました。わずか2〜3秒のカットです。

改めてその画面を見てみましょう。
画面手前の方は平屋とか二階建ての木造家屋が密集しています。望遠レンズで撮影しているので、なおさら密集して見えるのだと思います。
画面左から斜め右方向に割合広い道路が通っているのが見えます。その手前、道路と平行して鉄骨でアーチ状にアングルを組んだ橋が見えます。

いったいここは何処なのでしょう。





いつもご協力いただいている横浜のHさんとは同級生、Mさんが教えてくださいました。頼もしいです。この画面は「稲荷坂」から見た「千歳橋」方向とのことです。

「千歳橋」。なるほど「特報」の画面を見ますと川こそはっきり写ってはいませんが、川がありそうな雰囲気は感じます。地図上で「千歳橋」を探してみますと、権藤邸のある「横浜市西区浅間台」からは南方向の「横浜市南区浦舟町」にその名の交差点がありました。しかしそこは「橋」とはいっても下に川なぞ流れていなく、上に高速道路が通る大きな交差点です。「特報」場面とは似ても似つかない場所です。おかしい・・・

映画公開と同年、1963年の航空写真を見てみました。
あっ!「千歳橋」の下は川!
当時は川(水路)があったんです。それが首都高速建設の時に埋め立てられ、現在の千歳橋の下に川は無いのです。そうだったのか!

「千歳橋」の西側の袂(たもと)は五叉路になっています。川沿いの道から北北西方向に斜めに入る、比較的細い道路があります。「特報」ではその道路が画面上部に真っ直ぐ見通せるような方向に写っています(矢印)。その逆の延長上がカメラ位置ということになります(下図)。なるほど!そのライン上の稲荷坂にちょうどいいカメラポイントになりそうな場所があります。

稲荷坂のその位置から千歳橋方向を見たとすると、あ、なるほどなるほど、こうなっていたわけか!と道路、川の位置がやっと理解できました。それが上に掲げた特報からの画面に色分けした図です。黄色が道路、青が川です。
いやあ、素晴らしい!さすが地元横浜の方の土地勘です!ありがとうございました。






↑ このストリートビューは稲荷坂のカメラ位置と思われる場所から「千歳橋」方向を見たものです。高速道路やビルに遮られてよく見えませんが中央付近が「千歳橋」の交差点と思われます。ここから千歳橋までは直線で約400メートル、「特報」画面に写っている当時の鉄橋(久良岐橋・くらきはし・現在も下に川が流れる橋ではあるが作り変えられている)までは300メートルほどの距離です。
このカメラ位置は「『予告編』だけに登場するシーンがある・1」で紹介した長屋シーンを撮影したカメラ位置とは「稲荷坂」を隔てた反対側ということになります。
現在は造成され、道路とカメラを据えた位置の高低差はほとんど同一ですが、特報の撮影時はここが山になっていて、もっと高い位置からの撮影だったと思われます。
「稲荷坂」という坂は米軍の住宅施設に向かう道筋で、「天国と地獄」ではそこから撮影した画面がいくつも登場します。

(協力:三浦さん・原田さん・網野さん)



 アメリカ版予告編




最後に「アメリカ版」の予告編をご紹介します。
「天国と地獄」の海外でのタイトルは「HIGH AND LOW」です。
このアメリカ版の予告編では、ことさら日本風を強調するわけではなく、アメリカのサスペンス映画のような表現になっています。線などの幾何学模様がアニメを使って動くところなど、ちょっとソウル・バス(Saul Bass 映画のタイトルデザインも多く手がけたアメリカのグラフィックデザイナー。『ウエスト・サイド物語』『栄光への脱出』『サイコ』『エイリアン』などなど。多くの作品タイトルに影響を与えている)を彷彿とさせます。
面白いのは音で、0分45秒から0分55秒くらいの間で、他の作品からの流用なのか、本編には無い音楽と、ブルース・リーか怪鳥のような叫び声が聞こえます。

(協力:原田さん)


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