RETURN TO TOP PAGE
-3-
上の方が新しい日付になっています。


2006年12月19日
「植木等、フィギュアになる」

2007年4月29日(昭和の日)植木等フィギュアが発売になるとの情報! タカラトミーからの発売で、植木さん自らが監修をして娯楽映画評論家の佐藤利明氏が製作総指揮とのこと。おお、期待できそうではないですか。
タカラトミーの植木さんフィギュアのページ


2006年12月06日
「もどき」

本城直季という写真家がいる。
実際の街や建物をまるでミニチュアのように撮る写真家だ。
彼の作品を初めて見たのは、今年の夏ころに「small planet」という写真集を本屋でみつけた時だった。パラパラとページをめくると、そこには驚くべき写真がたくさん載っていた。
「え◯!何だこれ?ほんもの?それともミニチュア?」
どうやらどの写真も実景のようだが、ページをめくる度に「え◯っ?」「うわあ◯!」と頭の中で叫んでしまう。「あはは、これどう見てもミニチュアだよ!」

どうしてミニチュアにように見えるのだろう。
ミニチュアを写真に撮る時、カメラをミニチュアに近付けるわけだが、そうするとレンズの特性で被写界深度が浅くなると言い、ピントの合う範囲が狭くなるのだ。その特徴を実景の写真にも表現すればまるでミニチュアのような写真が出来るという原理のようだが、被写体選びやアングルが重要なのは言うまでもない。

私は模型好きで、子供のころからプラモデルを作るのが趣味だった。それを写真に撮るのがまた楽しい。自動車や街並みの模型をいかに本物らしく撮るかに腐心していたものだ。
本城氏の写真を見て「おお、このやりかたならわざわざ模型など作らなくても模型みたいな写真が撮れるじゃないか!」
本末転倒というやつである。

本城氏は「アオリ」といってレンズとフィルム面を傾けることによって擬似的に被写界深度を浅くしているようだが、フォトショップでなんとかならないだろうか、と挑戦させてもらったのがこれ。
うーん、まだまだだな。
しかしこれはけっこうおもしろい。


2006年06月19日
「出演作を見る」

5月15日の日記に書いた、友人が製作した自主映画が完成したので見せてもらう。
監督のK藤君、それにお仲間のS田さんも交えて鑑賞。
なかなかに素晴らしい。参加者の10人が迷彩の戦闘服をまとい撃ち合いを繰り広げる。
突如として私の出演場面が現れる。はずかしい・・・。
屋外の戦闘シーンの撮影地は千葉県とのことだが、国籍不明の作品を見ていると日本には見えなくなってくるから不思議だ。
テレビの洋画番組で放送されたのを想定し、ごく短く編集された架空の「金曜ロードショー・オープニングバージョン」があるので、再生できる環境の方はぜひごらんになってほしい。
こちら



2006年06月4日
「ザ・ヒットパレード」

先月フジテレビで放送されたドラマ「ザ・ヒットパレード ‾芸能界を変えた男・渡辺晋物語‾」を見る。
以前から楽しみにしていたのだが録画するのを忘れてしまい、諦めていたところ友人のS口君が録画してあったので見ることができた。
やはり友人のK穴さんから「このドラマを楽しむコツは、あまり期待しないこと」と言われていたせいもあってか、私はけっこう楽しめた。もともと、こういう近年実際にあった話のドラマ化は好きな方なのだ。
ドラマ的な脚色があるにせよ、芸能界の一時代を築いた渡辺晋とはどんな人物だったのか、渡辺プロをとりまく状況はどんなものだったのかの一部は知ることができた気がする。

「ザ・ヒットパレード」第1回目放送のシーン、椙山浩一(すぎやまこういち)プロデューサーのカウントで生放送が始まる。あのテーマ音楽とよく再現された白黒画面。思わず感動。
キャスティングに異論はあるのだろうが、これはしょうがない。頑張ってるなあと思う。植木等のスーツなどは「ニッポン無責任野郎」の時のをよく再現したりしていた。普段、植木は着てなかったのだろうが。しかし陣内孝則 は植木等というよりスマイリー小原なのでは・・いやいや、しょうがないのだ。誰にだって代わりになる人などいないのだ。

東宝映画の中でも主にクレージーものの製作者として「渡辺晋」の名前はよく目にする。今までは「ナベプロの社長」というだけの認識しかなかったが、これからは「あの渡辺晋さん」に変わるのだろう。


2006年05月15日
「出演」

K藤君はサバゲ(サバイバルゲーム・BB弾というプラスチックの弾を発射する銃を使い、主に屋外で撃ち合う戦争ゲーム)ファンだ。
最初は使い捨てカメラで記念に写真を撮っていただけだったらしいが、だんだん撮影に重点が移ってきて、今ではビデオカメラで撮影し、それをストーリーのある自主映画として制作するまでになってきた。前回制作した作品を見せてもらったことがあるが、凝った編集や音楽の使い方がすごくかっこいい。そして真剣そのもので演技し、楽しんでいる彼等をとてもうらやましいと思った。

この前のゴールデンウィークにも撮影に行ったらしく、それを素材に新しい作品を作るそうだ。その作品に私も出演させてもらえるらしい。

今日は私の出演部分の撮影だ。私は戦闘に加わるわけではなく、私の家での撮影だ。役どころは「ひねた、しかし敏腕の秘密諜報部員」だそうだ。難しいよお◯。けっこうセリフが多い。監督のK藤君、それとサバゲ仲間のG嶋君が集まって撮影開始。
長いセリフはもちろんカンペ。それでもつっかえる。全然ダメな演技なのに、割とすんなりOKを出してくれた。

撮影後に軽く一杯。飲み屋にお目当ての子はいなかったのだけれど(笑)サバゲと映画話に花が咲く。
秋の完成を楽しみにしてますぜ。


2006年04月15日
「Still Crazy For You」★★★★★

クレイジーキャッツ結成50周年記念のCD「Still Crazy For You」が届く。
松任谷由実作詞&作曲による、谷啓&YUMINGのデュエットソングだ。ジャケットのイメージどおりのロマンチックな曲だ。素晴らしい!素晴らしすぎる!
ユーミンが唄う。谷啓が唄う。曲間に植木等のセリフ。桜井センリがピアノを弾く。ベースを弾くのは犬塚弘。今は亡きハナ肇のドラム、安田伸のサックス、石橋エータローのピアノはライブ音源からのサンプリングで参加だ。
通常盤はCDのみだが、限定盤にはCDのほかにプロモーシュンビデオと収録風景のDVDが10インチサイズのジャケットに入っている。両方買ってしまった。
収録風景は必見だ。涙が出る。すごいよ、クレージーは偉大だよ、と誰もが思うだろう。犬塚弘の顔が見える。桜井センリの顔も見える。植木さんが笑っている。歳をとって恋の歌を唄う谷啓はめちゃめちゃかっこいい。
ぜひとも限定盤を手に入れてほしいです。一生大切にしたい1枚になるはずです。  
 



2006年02月19日
「表参道ヒルズに行く」

原宿に「表参道ヒルズ」というのができた。それが出来る以前は「青山同潤会アパート」という、鉄筋アパートの棟が連なっていた場所だ。青山同潤会アパートは昭和2年に竣工したというだけあり、とても懐かしいたたずまいを見せていて、近代的な建物が建ち並ぶ現代の表参道の中では、異質な魅力があった場所だ。しかし老朽化が進み、惜しまれつつ取り壊しになり「表参道ヒルズ」という商業ビルに生まれ変わった。

オープン間もない新名所を早速見に行く。日曜日とあってもの凄い人出。すでに原宿駅からぞろぞろと人の波。中のレストラン街で昼食を、と考えていたが待ち時間がすごそうなのであきらめる。
外に出て建物の外観を見る。横に長い建物の右端、懐かしいものが見えた。ほんの一画だが取り壊す前の「青山同潤会アパート」が再現されているのだ。そこだけ取り壊しを忘れてしまったかのように。
「やるじゃないか!森ビル!」と思った。
 



2005年12月28日
「整形外科にいる宇宙怪獣」

 首が痛くて、近所の整形外科に通っている。牽引といって首を引っ張ってもらうのだ。患者さんは私も含めて(笑)お年寄りが多い。
 ま、そんなことはどうでもいいのだが、その整形外科の待合室に気になるものが置いてある。小さな折り紙をたくさん組み合わせて、ひとつの形にしたものだ。そういうので器用に鶴だとかを作ったり、花の形にしたり、きれいな花ビン敷きにしたりしたのはよく見る。しかしその整形外科にあるのは鶴でも、花でも、きれいな花ビン敷きでもない。どう見てもキングギドラなのだ。多分、患者さんとかが作ってきたものを飾ってあるのだろうが、なぜキングギドラ・・・。私はものすごく感動した。
 



2005年09月05日
「祝・カーネギーホールご出演」

 ニューヨークに住んでいる友達から加山雄三さんのカーネギーホールでのコンサートのチラシが送られてきた。
 



2005年09月05日
「ありがとうございました」

 自作「ウルトラQ」が完成してから5ヶ月が過ぎた。図々しくも公開させてもらっているのだが、ごらんになられた方はどんな印象を持たれたのだろう、は正直とても気になるところだ。検索サイトで「ウルトラQ 荻窪東宝」などと入れて検索してみる。私たちの「ウルトラQ」について、いくつかのご感想をみつけることができた。 拙い作品なので「ウルトラQ」ファンの方のお叱りを受けるのではと覚悟していたのだが、とても暖かい感想をいただいているところもあり、とても嬉しかった。荻窪東宝の掲示板にも多くの励ましをいただいている。本当にどうもありがとうございました。



2005年03月23日
「JA3137」

 自主製作で勝手に「ウルトラQ」を作らせてもらっているのだが、その完成も近づいた最近、とても興味深い、不思議な偶然をお知らせいただいた。現在はサンフランシスコにお住いの宮崎さんという女性の方からで、宮崎さんについては、この「支配人日記・4」の中の
2002年5月7日「自主映画フロム・サンフランシスコ」で紹介させていただいているので、併せてご覧頂きたい。
 宮崎さんのお父様は飛行機が大好きな方で、航空写真家として活躍されていたそうだ。宮崎さんは若い頃のお父様がセスナの前に立っている写真をとても気に入り、部屋に飾っておいたのだが、ある日「ウルトラQ」を見ていたらそれに登場するセスナと、飾ってある写真のセスナが似ていることを発見、よく見てみるとなんと同じシリアルナンバー(固有の機体番号)だったので、驚いてお父様に尋ねてみると、そのセスナは当時、調布の飛行場にあった「三ツ矢航空」(だから尾翼にサイダーのようなマークが入っている)というチャーター機の会社のセスナで、宮崎さんのお父様もよく利用していたのだそうだ。
 宮崎さんの写真は1964〜5年頃に撮影されたものだそうだ。ウルトラQの放送は1966年なので、写真の1〜2年後に万城目役の佐原健二さんや一平役の西条康彦さん、由利子役の桜井浩子さんらがこの同じセスナに搭乗することになる。
 この不思議な偶然に私もなんだか興奮してしまった。宮崎さんのお許しをいただいたので写真を掲載させていただきました。  
1964〜5年に調布飛行場で撮影されたセスナ機と宮崎さんのお父様。 「ウルトラQ」に登場するセスナ機
(第21話「宇宙指令M774」より )
機首の「三ツ矢航空」とペイントされている部分の上に万城目がパイロットをつとめる「星川航空」の文字が貼ってある。
ほとんど同じ場所で撮影したようで、背景に同じ格納庫が見える。




2005年02月14日
「チョコをもらったぞ!」

 今日はバレンタインデー。今年私がもらった数えきれないほどのチョコの中で、荻窪東宝のお客様にぜひお見せしなければならないのはやはりこれだろう。荻窪東宝製作の「ウルトラQ」に出演の由利ちゃんこと小穴ひとみさんからいただきました。





2005年01月24日
「iPod shuffleが届く。とりあえずフリスクからシールをはがしてはってみる。(笑)」





2004年10月21日
「演技」

 先日、俳優の江原達怡さんにお会いし、お話をうかがう機会があった。
 江原さんはしばらく俳優業から離れてらしたが、最近カムバック?し、「メッセンジャー」「踊る大走査線 レインボーブリッジを封鎖せよ!」に出演されている。セリフが無いのが出演の条件だったそうだ。

 さて、私が江原さんにお会いしたとき、江原さんはある作品のちょっとしたセリフを読み上げる場面があった。私はそのセリフを前もって知っていたのだが、江原さんが少しアレンジを加えたこともあって、一瞬、それがセリフを読んだのではなくて、その場にいる人に話しかけているのだと勘違いしてしまった。ものすごく自然に聞こえたのだ。読んでいる、という感じが全くなく、まさに話しているのだった。今のはセリフを読んだんだ、と気がついて私は「今のが演技っていうやつか!」と驚いた。今更ながらプロだと思った。プロと素人の隔たりはものすごく大きいと思った。
 江原さんは「僕はね、読ませると結構うまいんだよ。子役の頃からで長いしね。」とおっしゃる。
 正直なことを言うと、私は今まで江原達怡という俳優さんの演技が、うまいとか、うまくないとか、考えたことがなかった。すんなり映画に入りこめた。力の入った演技派という感じがしなくて「地(じ)でやってるんだな」というふうに感じていたのだと思う。
 ところがこの「地でやってる」と見る人に思わせる演技がいちばんすごいのだろうな、と思う。



2004年10月09日
「ついにそういう時代か!」

 友人の友人から聞いた話だ。
 私も間接的に知っている人なのだが、その人は喫茶店を経営していて、最近こんなことがあったそうだ。
 その店に置いてある公衆電話はまだダイヤル式なのだが、若い客が電話の前でなにやら戸惑っている様子だったらしい。指をダイヤルの穴の中に突っ込んだり抜いたりしていたらしいのだが、ついに店の人に「あのー、この電話、どうやってかけるんですか?」と聞いたというのだ。ダイヤルを廻すというのが分からなかったらしい。喫茶店の客というから子供ではないはずだ。
 私は「あり得ない!」と思ったが、若い人に聞くと「いや、そうかもしれませんよ」と言う。ちょっと古い映画やドラマを見ればダイヤル式の電話なんかそこらじゅうに出てくるはずなのだが、見ない人なら知らないのも無理はないのか。アナログレコードもそうだろうし、カセットテープもそろそろそういう運命だろう。
ついにそういう時代に突入したか!



2004年08月13日
「アクセスカウンターが!」

 当HPのトップページにアクセスカウンターをつけているが、一日のアクセス数はだいたい100◯200の間くらいをうろちょろしている。いつも見ていただいてありがとうございます。
ところが昨日は一日に1754ものアクセスがあったので驚いた。普段の10倍だ。急に当HPの人気が高まったのかと思ったら、そうではなくて「Weekly Teinou 蜂 Woman」という人気サイトで紹介されたのだった。
ここの管理人様は自らのサイトを「Weekly Teinou 蜂 Womanは低レベルな人種に適したサイト構成になっています。基本形はバカです。バカを強調します。現在は主にマヌケニュースや海外バカエロサイトの紹介などをして喜んでいます。」と説明されている。当然、荻窪東宝が紹介されるわけだ。とても面白いサイトなので、ぜひごらんください。



2004年05月16日
「さらにボツ2題(通算4連発)」

 去年の9月22日付の日記でテレビに紹介されかかったが結局紹介されなかった話を二つ書いた。実はその後テレビに関する話がもう二つ来たのだ。

 一つは関西テレビ制作のバラエティ番組で、お笑いタレントのAさんをドッキリにはめるような企画らしい。その撮影をする場所に私の仕事場の店を使わせてもらえないだろうか、というお話だった。店がテレビに出れば宣伝にもなるだろうし面白そうなので二つ返事で引き受けた。仕事場のみんなも楽しみにしていた。
 いよいよ撮影の何日か前になって局の人から電話があった。「撮影の件ですが違う店でやることになりましたので。」

 次は天下のNHKだ。BS放送で「熱中時間・忙中”趣味”あり」という番組が始まったらしい。薬丸裕英さんの司会でいろいろな趣味をもった芸能人や一般の人の作品などを紹介する番組らしい。その中で模型のジオラマを扱う回があり私に電話で問い合わせが来た。電話やメールで何回か打ち合わせをし、作品をどうやって渋谷のNHKまで持っていこうかなあ、どんな服装で行こうかなあ、などと心配していたら局の人から電話があった。「すみません、今回は紹介できないことになりました。」

 ボツの4連発である。これは各局が相談して私をからかっているにちがいない。TBS、日本テレビ、関西テレビ(フジ系列)、NHKと来たのでこうなったら残るテレビ朝日、テレビ東京からも話が来てやっぱりボツになるボツのパーフェクトでも狙うかあ。



2004年03月03日
「ゴジラが終わる」

 東宝から今年12月公開になる「ゴジラ FINAL WARS」を最後にゴジラシリーズに終止符がうたれることが発表された。
 知り合いの興行関係者の話によるとハム太郎が終わるとさっさと帰ってしまう子供たちもいるらしい。そこまでゴジラは人気がなかったのか。私自身85年ゴジラを最後にそれ以降は見てないので言える立場でないのだが日本の怪獣は、特撮は、どこへ行ってしまうのか。
 ゴジラはヒーローとして50年悩んだ。怪獣はやっつけられるために生まれてくる。それでもヒーローだ。時には愛されようと努力した。時にはやっぱり憎々しくなってみた。50年経ったがやっつける側にヒーローは現れなかった。もうどうしていいのか分からなくなった。
 ゴジラが将来復活する可能性について富山省吾プロデューサーは「新しい表現や才能が出てきた時が、ゴジラが生まれ変わる時。少なくとも私の世代が手掛ける最後のゴジラ映画になる」と述べている。新しい才能に期待したい。



2004年02月19日
「真ん中付近の★印を30秒間見つめてから壁にむかって目をしばたいてみてください。」


2004年02月09日
「さらにちょっと困った」

 だめだ。好きになれない。慣れの問題だろうけど。年寄りだから柔軟性がないのか。OSXのことだ。
 インターネットはつながった。メールもOKだ。荻窪東宝にファイルをアップするテストをした。たとえばこの支配人日記を更新するときはshihainin5.htmlというテキストファイルを開いて更新する部分を書き足し、保存してサーバーに送る。まずそのHTMLファイルを開いてみようとする。ん?アイコンが変わっているぞ? ま、いいや、とクリックして開く。といつもなら文字とタグと呼ばれる記号がダーっと見えるはずなのだがそうではなくてブラウザで見るようにちゃんと画像とかも配置されて見える。これではファイルの編集などできない。どうやら.htmlという拡張子を自動判別してブラウザソフトで開いてくれるらしい。余っ計なことを。
 設定などでどうにかなるのだろうけどよく分からないのでOS9のテキスト編集ソフトで開き保存するがまたアイコンが変わってしまって次に開くとまたブラウザで開いてしまう。うーん、困った。この問題は後回しにしよう。
 デジカメから画像を取り込んでみる。カードリーダーを認識しない。ネットでドライバーソフトをダウンロードしようと思ったがOSX用が無い。この問題も後回しだ。
 クラシック環境でフォトショップを試す。何故か選択や筆などのツールのカーソルが見えない。勘でやるしかない。やっぱりOSX用のフォトショップを買わなきゃダメか?
 なんとか更新したHTMLファイルをサーバーに送ってみる。文字化けしてしまった。
 えーい、もういい!わかった!もう頼まん!
 書けばきりがないほかにも数々の問題になやんで、下取りに出さずに殿堂入りと称してしまいこんだ旧機種をまた引っ張り出す。3日分の日記が更新できた。
 たった数日使わなかっただけなのにものすごく懐かしく感じた。そうだよ。このOSAKAフォントのアンチエイリアスのかかってないキリッとしたやつじゃなきゃダメだよ。そう、アイコンは32x32ドットでいいの。限られた制約の中で工夫してそれらしく見せるのが技ってもんでしょう。

 機種を替えて、OSも替えて、持っている周辺機器やソフトは古くて、スムースにいかないのはあたりまえだ。OSXの印象が悪いのはその辺が原因のわがままだとは分かっているつもりなのだが、うーん、好きになれるだろうか。が正直な感想。
 マックは易しくなったのではなく優しくなった感じだ。アイコンは綺麗だし、なめらかないろいろな動きはするし。しかしその優しさが私にはうさん臭く感じてしまう。例えてみると店構えはしゃれていて、店員もネクタイとかちゃんとして言葉使いも丁寧で笑顔で人当たりはいいけど、うまいことばっかり言う、どこか信用できない不動産屋のイメージ。(笑)
 前回にはマッキントッシュファンと豪語したのにえらい変わりようだ。
 コンピュータらしさって何だ。コンピュータは機械だ。無機質なものだ。なのに感情のようなものを感じてしまうところが私にとってコンピュータの魅力だ。だから見た目は生命っぽくなくカクカクした冷たい感じのほうがむしろいい。なのにやることといったら人間らしいどころか人間にはできないものすごい能力を発揮する。そこがいいのではないだろうか。

 アップルは今後、もうOS9関連の開発はしないという。しかし逆に考えるともう完成されてしまったので今のOS9環境で変更なく一生使えるということだ。機械さえ壊れなければ。それもいいかも知れない。しかしもし何年かたってOS11だか12だかに移行を余儀なくされたらもう浦島太郎状態だろう。それも恐い。
 思いっきり悪口を言ってしまったけれども「あの時はあんなこと言ったけど、慣れてみたらもうOS9には戻れないね。アップルさん、ありがとう」と言えるのがもちろん一番いい。



2004年02月02日
「ちょっと困った」

 私はマックファンだ。ハンバーガーが好きなのではない。マッキントッシュファンなのだ。ウィンドウズには触ったこともない。私が最初にパソコンを買ったのは十年位前。もちろんマックでColor Classic・というやつだった。主にシムシティーとタワーというゲームをやるためのゲームマシーンだった。
 それからしばらくしてインターネットを始めた。親戚の知り合いが自分でサーバーを持っていてホームページを開かせてくれた。「荻窪東宝」の前身である「超娯楽研究所」というHPを開いた。他人のソースを覗き見て、見よう見まねだった。ソフトはフリーソフトとスキャナーにおまけで付いていたフォトショップの簡易版だけだった。
 それからも相変わらずゲームにはまり、アイコン作りにはまり、いろいろとくだらないもの作りにはまって今日に至るのであるが機種はマック一筋だ。不思議なことに私のまわりにはマックユーザーが多く、シェアは異様に高い。
 ウィンドウズには触ったこともないと書いたが実はちょっとだけならある。電気店でデモをしているウィンドウズ機に「どんなものなんだろう。まさか噛みつきはしないだろう」とマウスにおそるおそる手をのばしたらボタンが二つもあるではないか。私はどうしてよいかわからず、わーっとその場を逃げだした。
 それ以来ウィンドウズには触っていない。電気店などに飾ってあると息を止めて足早に通りすぎるようにしている。
 前置きが長くなったがそれほどマックファンなのである。旅行した時などを除いてマックを起動しなかった日は一日もない。

 さて先日届いたG5に変更するためのバックアップを数日かけて実行した。いままで作ったファイルを整理したり、メールを保存したりして「Mac OS9の遺産」と題した何枚かのCDに焼いた。
 いよいよG5を箱から出す。デカイ!販売店で見たときもデカイと思ったのだが家で見るとさらにデカイ。高性能なノートパソコンがあんなに小さく薄くできるのだから、なにもこんなにデカくなくても・・・と思ってしまう。しかも私の買ったG5はシリーズ中一番安いやつなので中はスカスカだ。
 起動してみる。初めて見るわけではないがまだ見慣れないOS Xのデスクトップが映し出される。さっそくインターネットにつなぐ。つながらない。いつもこうだ。なんで設定ってこんなに難しいの?しかし何度やってもダメだ。NTTに電話してみる。「プロバイダさんに光ケーブルになった変更はしましたか?」変更しなくてはいけないらしい。
 プロバイダであるso-netに電話する。so-netのサイト上で変更できるらしい。しかしインターネットにつながらないのではそれもできないではないか。仕事場のパソコンで変更手続き。自宅で試したらあっさりつながった。早い!さすがだ!まるでテレビのチャンネルを変えるようにスパスパ読み込む。いやー、素晴らしい!
 素晴らしいのも束の間、こんどは電話がつながらない。今まではISDNというやつでターミナルアダプターというのを介して電話とパソコンを使っていた。今度は光なのでターミナルアダプターを取り外してしまって、電話のコードを直接モジュラーにさしたのだが電話はうんともすんとも言わない。携帯でまたNTTに電話。「それじゃあだめですよ。アナログに戻さないと」「あ、そうなんですか。すみません何にも知らなくて」アナログの切り替え工事には3日くらいかかるらしい。ターミナルアダプターをまた引っ張り出して配線するのも面倒なので3日間電話無しで我慢することにした。
 十年もマックをいじっていてホームページまで運営していて実は何も知らないのである。情けない。
 余談だがこの時感じたのはみんな携帯をもっているのでもう家の電話はいらないのではないかということ。多分3日間それほど不便は感じないだろう。

 この日記は2月2日付けだが実は2月9日に書いている。なぜか。困ったことはまだまだ続くのだ。以下次回。



2004年01月30日
「少数派」

 新しいパソコンが届いた。マッキントッシュのG5だ。マックは三年ほど前にOSが大きく変わりOS X(オーエステン)になった。私は今までそれにはせずOS9のままだった。別にそれで大きな不便はなかったのだが、今度接続を光ケーブルにしたのを機会にその早さを充分に生かすためと、魅力的なソフトや周辺機器がOS Xでしか使えないものもあるので新しい機種、OSの導入にふみきった。それとマック雑誌がOS Xのことしか載せなくなってきたのも理由だ。読んでいても全然面白くないのだ。面白そうなフリーソフトなどを見つけてもOS X専用だったりすることが多くなってきた。
 マック自体少数派なのに、いつまでもOS9にしがみついていると、さらにその中の少数派になってしまうのも不安だった。
 私はなぜか少数派にまわってしまうことが多い気がする。二十数年前、初めて買ったビデオはベータだった。ビデオ戦争と呼ばれたVHS対ベータの戦いは面白くてしょうがなかった。勿論私はベータを応援した。どこそこのメーカーがVHS陣営についたとか、ベータも対抗して三倍モードを採用したとか手に汗にぎって一喜一憂した。十数年ベータで頑張ったけれどもテープの貸し借りが不便だし、ソニーもVHSを作り始めたので私も折れた。
 車はいすゞ車ファンだった。三台乗り継いだ。売れれば良いという大メーカーが作る車と違ってなんとなくイタリアっぽいセンスを貫き通したところが好きだ。しかし貫き通しすぎて売れず、乗用車から撤退してしまった。
 しかし少数派ユーザーはそれなりの楽しみもある。さっきも書いた「頑張ってほしい」と応援する楽しさだ。
 そんな私が持っている携帯電話はもちろんツーカーだ。



2003年12月14日
「柴又に行く」

 柴又の帝釈天に行く。参道は日曜日ということもあってか、観光客でたいそうな賑わいだ。もちろん「男はつらいよ」の功績が大きいのだろう。どの店もこれでもかとばかり寅さんグッズを売っている。
「男はつらいよ」シリーズで「とらや」(後に商標の関係で「くるま菓子舗」)のある場所は柴又帝釈天の参道である。架空の某所ではない。しかし劇中の参道には観光客などの姿はあまり無く、近所のおばさんが通り、郵便屋さんが通り、おまわりさんが通り、といったのどかな門前のように見える。もし帝釈天の参道の様子を忠実に再現するのなら、寅さんに出てくる帝釈天を見てこよう、とやって来た観光客でごったがえしていなければならない。その矛盾がおもしろい。



2003年12月13日
「いやー!早い早い」

 もう12月! このまえ夏だと思っていたのになあ。一年も前半は長い気がするんだけれども後半はあっという間ですねえ。何でも後半はすぐかもしれない。車のガソリンも満タンからしばらくははなかなか減らないけれども針が真ん中くらいになるとすぐ無くなってしまう。携帯のバッテリーもそう。バッテリーの線が1本消えるとあとはすぐ無くなる。気のせいだろうか。人生もそう。後半はもう、ビュンビュン時間が進んで行く。気のせいかなあ。いや、これは気のせいではなくて、何かあるんじゃないかと私はにらんでいる。



2003年09月22日
「ボツ2題」

 今年になって「荻窪東宝」で紹介させてもらっている「モノ」にテレビから出演依頼が2度も来た。

 一番目はやや以前の話なのだが3月ころ、TBSの「USO!?JAPAN」という番組から連絡をいただいた。この番組は町の不思議な情報などをジャニーズ系のタレント、嵐やTOKIOの国分太一らが調査する、といった内容らしい。
 番組からの依頼は「荻窪東宝」の「無責任パッケージ大作戦」にあるようなインチキおもちゃが存在するらしい、という噂を調査?することにしたので「無責任パッケージ大作戦」ですでに紹介している植木等や高木ブーを使用したい、ということでお預けした。
 そのほか、番組中に「実は番組のために特別に作ってもらったんですよ」とTOKIOの国分太一さんをフィギュアにしてパッケージに入れたおもちゃも紹介したいので、作ってもらえませんか、ということなので喜んで作らせてもらった。パッケージは例によってスターウォーズ調、嵐とか言われてもオジサンはよく分からないがTOKIOならかろうじて知っている。適当にそれらしく写真を配置してパッケージはできあがった。まあまあである。問題はフィギュアだ。全然似てない。「どこが国分だよ」といったシロモノだ。ファンが見たら怒るにちがいない。
 さて、4月12日(土)午後8時、いよいよ放送。気がついてみればTBS系の土曜夜8時といえば、かつては「8時だよ!全員集合」をやっていて日本中を沸かせていた時間ではないか。ゴールデンタイム中のゴールデンタイムだ。
 「いつ出るだろう」目はテレビに釘づけ。「あ、出た出た。アハハ」植木と高木が一瞬だが大写しになった。しかし肝心の特注の国分フィギュアが出ない。そのコーナーは終わってしまって違うコーナーに移った。「そうか、きっと最後に出るんだな。なかなか効果的な演出じゃないの」と無理矢理期待していたらやっぱり出なかった。
 後日、担当の方から「時間の関係で・・・」と説明をいただいたが、「似てなかったからなあ」と思っている。しかし面白い経験をさせていただきありがとうございました。

 次に若大将アクションフィギュアにテレビ出演の話が来た。こんどは日本テレビである。
 「行列のできる法律相談所」というのがあるらしい。私はこの番組は断片的にしか見たことがないのだが人気番組のようだ。その番組のスタッフの方のお話によると、秋の2時間スペシャルで加山さんがゲストとして出演し、若大将シリーズのころのポスターなども紹介され、その時「ファンの方でこんなフィギュアを作った人もいるんですよ」という具合に登場する予定なのだそうだ。もちろん私は二つ返事でお引き受けし、そのうえ、こんなのもありますよ、とばかりに頼まれもしないのにエレキの若大将フィギュアも急遽作り上げてスタッフの方にお渡しした。
 9月7日、その番組の収録見学に招待いただき、友人とふたりででかける。麹町の日本テレビには2時集合。 この番組はスタジオ内後方に視聴者の観覧席があり、笑い声や「え◯っ!」とかいう声が収録される形式のものだ。観客は7◯80人くらいだろうか。私達もいっしょに観客席に座る。まず局の方やマエセツと呼ばれるお笑いの人から声の出し方などの説明を受ける。面白いところでは笑い、疑問だったら「え◯っ!」、納得だったら「ふーん」という具合だ。気がついたのだが、来ている観客は今日出演する芸能人のファン、とは限らないようだ。むしろ特定の芸能人のファンは少ないのかもしれない。番組のファン、収録観覧が趣味のおばちゃんやおねえさんが多いと感じた。だから「え◯っ!」などはとても手慣れている。
 いよいよ収録開始。司会の島田紳助さんとアナウンサー、4人の弁護士、レギュラーの芸能人らがスタジオに入る。ADやカメラの人がキビキビと動く。
 加山雄三さんは最初のゲストでしょっぱなから「ファンの人がこんなの作ってるんですよ」と島田紳助さんがフィギュア(ハワイの若大将タイプ)を取り出す。大きなモニターにも写真が写しだされる。観客は一応「え◯っ!」とか言ってくれる。加山さんがフィギュアを手にとり「ふーん、このへんが似てるよな、毛深いところがさ」などと言ってくれる。 やったー!フィギュアが本物に会えた!
 この番組は法律云々というより島田紳助さんとレギュラー、ゲストとのトークを楽しむ番組だ。法律に関連する再現ビデオや弁護士さんたちのコメントはそのまま放送されるのだろう。しかし紳助さんのトークはやたら長い。一人のゲストに対して1時間くらいはしゃべる。笑えるトークというのは喋る人自身のらなければならないし、話題が盛り上がらなければならない。1時間喋ったなかで使うのはすごく面白かった部分、数分なのだろう。
 ゲストの一人に「笑点」でおなじみの林家喜久蔵さんがいた。他の和田アキ子さんや優香さんたちと比べれば地味なゲストだったが東京生まれのオジサンにはパワフルな笑いも面白いけど、こういうのがいいな、と思った。
 2時間番組なのだから夕方くらいには終わるのかと思っていたら終わったのは10時半。7時間以上も笑っているとさすがに疲れた。
 これもとても面白い体験でした。ありがとうございます。
 この時の様子は9月28日(日)に放送になる。
----------------------------------------
後日談。
今日(9月22日)担当の方から電話をいただく。
「実は、時間の関係でフィギュアの部分、放送されなくなりそうなんですよ。」



2003年04月02日
「思うつぼ・2」

 もうボトルキャップが付いているからといってコーラを買い込んだり、おもちゃが付いているからといってキャラメルを大量に買い込むことはやめようと決心していた。いままで集めたそれらの景品は無造作にダンボール箱につめられいつか捨てられるのを待つのみになっている。
 しかし今売られている長嶋茂雄フィギュアのボトルキャップと、ペプシコーラのアディダスのスニーカーボトルキャップは素晴らしい!(笑)またせっせとジュースをがぶ飲みするはめになってしまったのだ。


2003年03月30日
「花見」

 夕方から井の頭公園でお花見。何年か前、車椅子の母を連れて家族で一度だけ近所の公園に弁当を持って花見にでかけたことがあるのを除けば、飲んでさわいでの花見は実は初体験。奥さんの友達が中心の10名プラス娘の友達5名が参加。人出は多いが桜はまだ3分咲きだ。しかし桜を見ている人などほとんどいない。


2003年01月30日
「ノーベル賞受賞者が言う重み」

 夜、テレビを見ていたらNHKにノーベル賞を受賞された小柴昌俊東大名誉教授が出演されていた。NHKの海外放送用に製作されたインタビュー番組なので小柴さんは英語で話されている(字幕つき)。途中から見はじめて10分くらいで番組は終わってしまったのだけれども、小柴さんは「私はまだやりたいことのタマゴをたくさん持っている。私は何か自分のやりたいことを始めるのに、遅すぎるということはないと思っている。」というお話にはずいぶん勇気づけられた。小柴さんは現在76才だ。杖の上に両手を乗せ、さらにその上ににこやかなお顔を乗せられて流暢な英語でそう語られる小柴さんはめちゃくちゃカッコよかった。


2003年01月11日
「今年もよろしくお願いいたします。」

 「コンバットマガジン」という銃器やミリタリー関係の雑誌があって、友人から聞いた話だがその2月号の編集後記に荻窪東宝のことを書いていただいているらしい。たまーにパソコン雑誌などで紹介していただくことはあるがミリタリー関係というのは初めてだ。自主製作映画にモデルガンがいくつも出てきたからかもしれない。ありがとうございます。
 昨日「生きてる」の高野氏にお寄りいただいた。毎月、荻窪で美術関係の集まりがあるそうでその度に寄っていただける。いつも面白いお話がうかがえるので楽しみにしているのだ。
 今日は10年位前に私の店でアルバイトをしていた女性が久しぶりに訪ねてくれた。今は結婚してニューヨークに住んでいるとのことだ。ヤンキースに移籍しニューヨークに渡った松井選手と入れ違いに来日したわけだ。うれしいことだ。(松井選手と入れ違いがうれしいのではなくてウチを訪ねてくれたことが)
 夜は商売関係の新年会。出席者全員が今年の抱負などのあいさつさせられるのには参る。こういうのは苦手だ。
 まあそんなこんなで正月も終わり平常に戻りつつある今日このごろだ。毎年、新年になると一応はいままでの反省も含めていろいろ目標をたてたりするが、今年はそれを忘れて年が明けてしまった。元ジャイアンツの中畑氏は反省ということをしたことがないという。過去は振り返らず前進あるのみ。それもいいのかもしれない。私としては、さあ今年もいい歳をしてくだらないことをやるぞー。まあこんなところだろうか。しょうがねえおやじだなあ。今年もよろしくお願いいたします。


支配人日記-1-(1998-2000)へ
支配人日記-2-(2001-2002)へ
支配人日記-3-(2003-2006)へ
支配人日記-4-(2007-2008)へ
支配人日記-5-(2009-2012)へ
支配人日記-6-(2013-)へ