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日本のいちばん長い日 (1967)監督・岡本喜八


開始より0:43(東京都千代田区有楽町1丁目・東部軍管区司令部・現DNタワー21)




(撮影・2015・06・09)

昭和二十年八月、御前会議によりポツダム宣言の受諾が正式に決定したが、終戦に反対する陸軍将校たちはクーデターを計画。東部軍管区司令部を訪れ決起を促そうとする。
東部軍管区司令部は戦時中、日比谷濠に面した第一生命ビル(1938年・昭和13年に竣工)に置かれた。 終戦後は占領軍に接収され、1952年(昭和27年)7月に返還されるまで連合国最高司令官総司令部(GHQ)として使用されていた。
第一生命ビルは1989年(平成元年)から外壁保存された上取り壊され、現在はDNタワー21となっている。




開始より1:43(東京都千代田区北の丸公園・近衛師団司令部庁舎・現東京国立近代美術館工芸館)




(撮影・2015・06・09)

陸軍将校たちは、終戦を受け入れようとする近衛師団を説得のため、近衛師団司令部に向かう。
近衛師団司令部庁舎は北の丸公園内にあり、1910年(明治43年)に建設されたものだ。現在は東京国立近代美術館工芸館として公開されている。外観は保存されているが、内部は補強され、中央階段付近以外は原型をとどめていない。




開始より2:22(東京都千代田区皇居外苑・桜田門)

玉音放送がされようとする日、終戦の反対を強硬に主張する陸軍将校の椎崎中佐(中丸忠雄)と畑中少佐(黒沢年男)はオートバイと馬を使ってびらを撒く。




(撮影・2015・06・09)






(撮影・2015・06・09)






(撮影・2015・06・09)





開始より2:29(東京都千代田区皇居外苑・皇居前広場)




(撮影・2015・06・09)

二重橋、皇居正門前で自決する椎崎中佐と畑中少佐。
このシーンの撮影許可は出ていなく、ゲリラ撮影だったという。万が一のときのことを考えて、役者はともかく逃がすとして、監督自身は捕まる覚悟をしたらしい。岡本監督はブタ箱には歯ブラシが無いと聞いて、ポケットには歯ブラシを入れていたと聞く。

(協力・Kさん、Gさん)




 巡礼メモ



「日本のいちばん長い日を歩くは、いろいろ考えた上、九段下スタートでぐるっと反時計回りに回った上で二重橋ゴールが正解と判断しました。皇居一周は一周するだけで一時間。ぶらぶら歩くので、まあ2~3時間と予想して、13時に九段下駅待ち合わせでいかがでしょう?回るべきめぼしいところは調べてはあります」

とのこと。友人二人と私、三人で歩き出す。休みなく歩く。回るべきめぼしいところを回る。ここで紹介したのはその中の一部にすぎない。4時間は歩く。友人といっても私より20歳くらいは若い。ゴールからさらに新橋まで歩き、以前から入ってみたかった「ニュー新橋ビル」へ。地下街の中華居酒屋でお疲れ様のビール。「あのなあ、60過ぎは普通4時間も歩かねえのよ。でも楽しかった!」
お世話様でした。


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