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南太平洋の若大将(1967)監督・古沢憲吾


開始より0:23(東京都杉並区天沼・日本大学第二高等学校)

若大将が在籍している大学は通常「京南大学」なのだが、本作品に限っては「日本水産大学」ということになっている。
校内のロケには杉並にある日本大学第二高等学校(以下日大二高)が使用された。大学ではなく、高校が使われたのは面白い。





(撮影・2007・10・21)
日大二高で「南太平洋の若大将」撮影時から現在も残っているの建物はこの場面の右手に見える体育館と、正面に見える一階が食堂になった視聴覚教室の建物だけである。教室などがある校舎は全て建て替えられている。




開始より0:38



(撮影・2007・10・21)
青大将が乗る赤いスポーツカーが大学の前を通り、正門から校内へと入るシーン。右側が学校だが白く見える校舎は今は無い。バス停と電話ボックスが見えるあたりが校門だったのだが、現在の校門も今はこの位置には無い。





開始より1:25



(撮影・2007・10・21)
若大将らがランニングをするイチョウ並木。これは現在も残っていて日大二高のシンボルとなっている。





映像特典

実は日大二高は私の母校だ。
メタBOの若大将さんから「若大将が在籍する大学のロケで使用された学校をどこか知りませんか」と聞かれ「私の出身校の日大二高なら南太平洋の若大将で使われましたよ」ということで今回の巡礼と なった。

日曜日に訪れることになったが、オッサンが2名、無断で校内に入りカメラを持ってウロウロしていたのでは怪しまれる。女子もいる共学の高校なのだ。ツテを使って許可を取ることを試みたが、あいにくと予定した当日はある外部の団体の試験会場として貸し切ってあるらしく、許可が出せないらしい。しかたがないので、あたって砕けろということにして行ってみる。卒業生が久しぶりに学校を見に来たと言えばダメということはないだろう。
正門には守衛さんがいる。会釈をして通り過ぎる。あっさりと潜入に成功。ある外部の団体の試験というのは年齢に関係のない社会人対象のようだ。そういう状態の日だったので、かえって入りやすかったようだ。ここだけの話であるが(笑)。
南太平洋の若大将製作の1967年からちょうど40年、私は卒業以来、ほとんど母校を訪れてない。ずいぶんと変わってしまっているだろうと予想していたが、予想以上に変わっていた。


ここに私が卒業した1968年にもらった卒業アルバムがある。1968年の3月に配られたアルバムだから、撮影されたのはおそらく1967年だろう。「南太平洋の若大将」が製作されたのと同じ年である!

以下に「南太平洋の若大将」からのカットと卒業アルバムからの写真をいくつか並べてみたいと思う。同じ年だから同じ様子なのはあたりまえなのだが・・・。
正門前。青大将の車が校内に入ろうとしている。

校内に入った青大将の車。後ろに見える校舎は現在は無い。

レスリング部の青大将がしごかれる体育館。これは現在も残っている。
私の在学中(多分三年の時)に自分たちの学校で若大将作品が撮影されたという話題が生徒たちの間で飛び交ったのはよく覚えている。
加山が、星が、江原が、田中邦衛が、そして古澤監督らが母校を訪れたことは、今はとても誇らしく思う。しかし在学中当時に生徒たちはどのように感じていたのだろう。やはりアイドルのような存在だったのだろうか。
撮影は日曜日、あるいは夏休みのような休暇中に行われたと思われる。そういう時でもクラブ活動の生徒たちは登校することがある。作品を見ると高校生の姿は見事に一人も見えない。大学生役のエキストラだけである。おそらくこの日、在校生の登校は止められていたのだろう。


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