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喜劇 駅前飯店 (1962)監督・久松静児


開始より0:04(神奈川県横浜市中区港町6丁目)

横浜で料理材料を扱う「東海公司」を経営する周(フランキー堺)は自分の中華料理店を開くことが夢だ。
周が横浜中華街を後にして「東海公司」に出社する。



(撮影・2010・08・08)

↑ 周の乗ったダットサンが高架橋の下をくぐって向こうから走ってくる。
わずか数秒のカットであるし、物語上ここが特に重要な場所というわけではないのだが、妙に印象に残るシーンだ。ここは何処で、今はどうなっているのだろう。
左後方には川が流れているように見える。川をまたぐ橋も小さく映っている(赤矢印)。
しかし手前のアーチがある鉄橋は川を渡る鉄橋ではなく、川岸に沿って陸地を通っているようだ。鉄道橋だろうか。しかし架線(電車に電気を供給するための電線)が見えない。ということは道路橋なのだろうか。




(撮影・2010・08・08)

↑ 橋脚の脇に駐車した周の車。
地面は舗装されてなく、なんとなく工事中のような感じだ、川の向こうは工場地帯のような雰囲気。




(撮影・2010・08・08)

↑ 右に映っている車は周が運転してきたダットサン。後ろに周の会社「東海公司」の看板が見える。
先ほどの橋のシーンの続きなのだが、カットが変わっているので、もしかしたら橋と同じ場所ではないかもしれない。




↑ 画面に写り込んでいる看板を見てみる。左側の袖看板はよく見ると「烏山(からすやま)整形外科」と読めた。烏山は世田谷区の中にある地名でもあるし、京王線に千歳烏山(ちとせからすやま)という駅もある。近いのだろうか。もしそうなら東宝撮影所や東京映画の撮影所からも遠い場所ではないので、ここが世田谷区の烏山だということは有り得そうだ。中央に写っている広告塔は「東海公司」の奥の建物に立っているようで、「聞はサンケイ」と読める。「サンケイ新聞」の広告だろう。販売店かもしれない。
烏山は世田谷区でも北の方で、私の住んでいる荻窪とは近い。しかしこんな景色、見たことがない。



この鉄橋どこなのだろう。
横浜中華街に近い設定だからといって撮影場所が横浜とは限らない。
Googleのストリートビューで都内及び多摩川あたりから鉄橋を探す。見つからない。
素直な気持ちに戻って物語の設定場所である横浜を探す。あったあった! JR根岸線の桜木町駅と関内駅の中間の地点の鉄道橋だ。
ではなぜ鉄道橋なのに架線が写ってないのだろう。いくら1962年とはいえ電化されていないわけがない。
調べてみた。すると「国鉄根岸線、桜木町ー磯子間が開業したのは1964年」とある!(本作品の公開は1962年)
わかった! まだ工事中だったのだ。架線はまだ張られてなかったのだ。
現地に行ってみる。おお、ここだったのか。橋脚の一つ一つに鋳物のプレートが埋め込まれてあり、こう書いてある。
「しゅん功(竣工)昭和36年(1961年)3月26日」
しかしこれは橋梁部分の完成時期のことであり、鉄道の開通を意味するものではない。
開通はしてないが1962年時点で高架線路の土台とアーチはあったということか。



↑ 鉄橋の場所がわかったので、あらためて地図を見てみる。
「烏山整形外科医院」がある!いや違う!よく見ると「鳥山(とりやま)整形外科医院」だ。鉄橋と東海公司は同じロケ地だったのだ。なまじ世田谷区に「烏山(からすやま)」などというマイナーな地名の存在を知っていたばかりに、惑わされてしまっていた。

フランキーの停めたダットサンのすぐ前を流れていた川には現在は地下に高速道路が通り、向こうに見えた橋(柳橋)は今は無い。
(作図・田沼久太郎さん)


1963年当時の地図を見てみよう。
赤で囲まれた「ミナト会館」が「東海公司」として使用された建物だ。「鳥山外科医院」も見える。「港町六丁目」と書かれた「町」の文字あたりがカメラの位置だろうか。向こう側には「産業経済新聞」(サンケイ新聞)の文字も見える。
(資料提供・田沼久太郎さん)

このあたりの地名は「港町」というらしい。実に港町らしい呼び名だ。美空ひばりが「あ〜〜港町十三番地」と唄っているが、このあたりを唄った歌なのだろうか。しかし港町13番地だけでは何処だかわからない。港町何丁目13番地と唄ってくれないと。
港町十三番地 美空ひばり




↑ 現在の様子を見てみよう。「鳥山整形外科」「東海公司」として使用された「ミナト会館」「サンケイ新聞」のいずれもが立派なビルに建て直されて現存していた。

(協力・田沼久太郎さん、ミシェンヌさん、シー9156さん)
皆様の調査をまとめさせていただきました。どうもありがとうございました。





開始より0:05(神奈川県横浜市中区山下町・横浜中華街善隣門)

周は仕入れた牡蠣油を届けに横浜中華街で店を構える孫(伴淳三郎)の店へ行く。
この時、横浜中華街の象徴でもある善隣門(ぜんりんもん)が映る。




(撮影・田沼久太郎さん 2017)

横浜中華街には全部で10基の門があり、中国の風水思想に基づいているとのこと。先代の善隣門は1955年の竣工で、中華街で最初に開設された門だった(作品に登場する門)。初代善隣門は「牌楼門」と呼ばれていたそうで、大きく「中華街」の文字が書かれた。これをきっかけにして、この地域は中華街と呼ばれるようになったのだと言う。(ちなみにそれ以前、中華街は「南京町」と呼ばれていたらしい)
現在の二代目善隣門は1989年にリニューアルされたもので、映画と同じ画面の範囲では収まらないくらい大きく立派になっている。
物語の舞台の一部である横浜中華街なのだが、実際の横浜中華街のロケはこのワンカットのみだ。





開始より0:12(東京都港区芝公園1丁目)

徳(森繁久彌)は東京の中華料理店でコック長を務めている。 周がそこにやってくる。
ここは芝公園(地名)にある「留園」(りゅうえん)という中華料理店の前。
現在はすでに閉店してしまったのだが、当時はテレビのCMで「リンリン・ランラン、りゅうえん」という歌がさかんに流れていた。 現在は同じ場所でオフィスビルを経営されているようだ。
作品画面の左端に「留園」と書かれた看板が見える。そのやや右方向に瓦屋根が見えるが、これは芝増上寺の門の一つである「御成門」(おなりもん)。そして画面右に東京タワー。



(撮影・2013・01・26)

矢印1 赤い東京タワーがわずかに見える。
矢印2 「東京プリンスホテル」。東京オリンピックに合わせ1964年に開業したので当時はまだ無い。
矢印3 この位置に「御成門」が見えるはずなのだが、地下鉄の入口に隠れて見えない。
矢印4 車道(日比谷通り)と歩道の間に植え込みがあり、その鉄製の冊は当時と変わっていないようだ。




(撮影・2013・01・26)


「留園」の玄関先に鎮座していた一対の狛犬(というのかどうかはよく分からないが)。 現在の留園ビルの正面には見当たらなかった。
しかしビルの横に回ってみるとそこにも入口があり、いたいた!場所を移したようだ。
当時のものと同じで間違いない。クリーニングをしたのだろうか。映画当時よりむしろきれいになっていた。
(左が作品より。右が現在は位置を変えて置かれた同じ狛犬)
1967年に撮影の空撮画面。
東京タワーの近くから東方向を見ている。
1967年だからすでに東京プリンスホテルのビル上部が見え、その向こうに御成門。
そして左端にまるで竜宮城のような留園が見える。
私は行ったことも見たこともない。





開始より0:47(東京都世田谷区船橋1丁目・小田急線千歳船橋駅北口付近)

さて周は郊外に念願の中華料理店を開店させる土地を確保したようだ。
その建設予定地を見に行くため、周はお染(池内淳子)ら三人の芸者を誘い、ダットサンに乗り込む。時間にして1分にも満たないちょっとしたシーンだ。
理容店、酒屋などが並ぶ、特に特徴の無い商店街。やはりここも横浜なのだろうか。



(撮影・2013・01・20)




(撮影・2013・01・20)

この場面をよく見てみると、割合と広い道路に面して路地の角に理容店。
その隣には「石井商店」と書かれた酒屋。
さらに一軒おいて「襖 表具」と書かれた看板などが見える。

まず手がかりになったのが電柱に取り付けてある「 すが」と書かれた看板。
このことを発見したシー9156さんによると、「すが質店」は小田急線千歳船橋駅の付近に現存するということだ。
ではここは今までのストーリー展開とは縁もゆかりない千歳船橋なのだろうか。



現在の千歳船橋駅周辺の様子を見てみると、路地との角に理容店がある地点がある。千歳船橋駅北口からすぐの場所だ。
その隣に「石井商店」という酒屋は見当たらないが、その代わりに「石井たばこ店」という店がある。 そしてコンビニ、電気店と並んでその向こうには「襖 表具」の看板が!まったく同じ看板だ。建物も変わっていない!これは感動ものだ!
ここは千歳船橋で間違いなし!

物語の設定上、ここが千歳船橋だということではないと思う。
このようなちょっとしたシーンは遠くまでロケする必要がなく、撮影所の近場で行われたのだと推測できる。
そのかわり撮影地が何処なのか、すぐに観客に分かってしまうような場所ではいけないわけだ。何処なのかすぐに分かってしまうような特徴が無い場所。特徴が無いのだから、そこが何処なのかを年数が経って探すのは難しい。しかしそのぶん面白いというわけだが。



試みに「襖 表具」の看板を、正面から見たかのようにPhotoshopで加工してみた。50年の歴史をご覧ください。

(協力・田沼久太郎さん、ミシェンヌさん、シー9156さん)
皆様の調査をまとめさせていただきました。どうもありがとうございました。




開始より0:48(神奈川県川崎市麻生区高石1丁目〜百合丘1丁目・小田急線百合ヶ丘駅付近)

千歳船橋(という設定ではないのだろうが)を出発し、中華飯店を新規開店する予定地に着いた周とお染たち。



(撮影・2013・02・03)

ここは小田急線百合ケ丘駅付近だ。
切り通しにある小田急線百合ケ丘駅をまたぐ陸橋、高石橋を渡る周の車。
橋と並んで向こうに見えるのが、百合ケ丘駅の二本のホームを結ぶ跨線橋。駅のホームは道路面よりかなり下にあるので、跨線橋の通路部分がこの高さに見える。
作品画面で線路の向こう側、並んでいる商店街のさらに向こうに建っているのは百合丘団地。




(撮影・2013・02・03)

線路沿いの道路に車を停め、お染らに予定地を見せた周だが、車のエンジンがかからなくなってしまう。お染たちは時間がないので早く帰らなければならないと言う。駅はすぐそこなので電車で帰ることにし、周を残して行ってしまう。
お染らの向かっている方向にある建物が小田急線百合ケ丘駅の入口。その右が跨線橋上部。現在ではこの跨線橋、橋上駅舎として作り替えられている。
周の車の近くに見える横断歩道は、現在では約10メートルばかり駅寄りに移動している。
矢印が示す三カ所のマンホール、同じものだと思うのだが。
千歳船橋〜百合丘部分動画





開始より1:14(静岡県伊東市富戸・大室山麓・伊豆シャボテン動物公園入口付近)

周は中国に古くから伝わる不老長寿の薬の作り方を記した秘伝の書を取りに、染太郎(池内淳子)と共に車で伊豆に向かう。しかし秘伝の書は虫に喰われてボロボロ。仕方なく横浜へ帰る途中、景色の良い道を走る。



(撮影・田沼久太郎さん・2021・02・22)
↑ うねうねと曲がりくねった山道を下る染太郎を乗せた周が運転する車(プリンス・グロリア)。




(撮影・田沼久太郎さん・2021・02・22)
↑ 馬がいる施設を見つけ、乗馬を楽しむ二人。画面左側にはすぐ近くに山の斜面が見える。




(撮影・田沼久太郎さん・2021・02・22)
↑ 染太郎が周の車を漁っている不審な者がいるのを見つける。




(撮影・田沼久太郎さん・2021・02・22)
↑ 周の車の中を漁っているのは、秘伝の書を狙っている林(山茶花究)らだった。




(撮影・田沼久太郎さん・2021・02・22)
↑ 不審者の車を追う周。
林の車が去っていく先にサボテンのような形をした物が見える。



ここは静岡県伊東市にある「大室山」の麓だ。
「大室山」は標高580mの火山で、綺麗なすり鉢状の火口があり、しかも毎年山焼きが行われているので、地上から見ても形が美しく整って見える。

映画では大室山の斜面が部分的に写されているだけで、全体が見えるカットが無いので、ロケ地特定を試みた数年前にはやや手間取った記憶がある。「伊豆シャボテン公園」入口の大きなサボテンの作り物が写り込んでいたのが特定の決め手になった。
今回はTさんが「大室山」に行かれ、写真を撮ってきてくださったので「駅前飯店」の久々の更新となった。
Tさん、お疲れ様でした。ありがとうございました。

(協力・田沼久太郎さん、ミシェンヌさん、原田さん)
(2021年3月・記)




開始より1:32(神奈川県川崎市麻生区高石1丁目〜百合丘1丁目・小田急線百合ヶ丘駅付近)

周の念願がかなって完成した中華料理店、その名も「駅前大飯店」。まるで「留園」のよな豪華さだ。
ん? 待てよ。この「駅前大飯店」は絵による合成のようだ。
この撮影地点は百合丘にお染たちを案内した時に、周の車が陸橋を渡るシーンの撮影位置とそれほど変わらない。あのシーンでは遠景に百合丘団地が見えていた。だからこのシーンでも中央の遠景に百合丘団地がちゃんと見えている。確かに見えている。しかしより分かりやすくするためだろうか、団地も絵になっている。



(撮影・2013・02・03)
↑ 現在はホームが延長されている。「駅前大飯店」の位置には現在は「横浜銀行百合ケ丘支店」がある。しかし映画撮影時は空地だったはずだ。




(撮影・2013・02・03)
↑ 店の前で開店の記念写真を撮ろうとしている。
向こうに見えるのが百合ケ丘駅の跨線橋。



↑ 時間は前後するが、上の場面は周がお染たちを連れて予定地を下見に来たシーンからのもの。 上記の記念写真を撮ろうとしているカットと、カメラの位置と方向がほとんど同じなので比べてみた。
下見に来た時は建物はなく、更地の状態になっている予定地を見ている。
飯店完成時のシーンでは、更地であったのと同じ場所にちゃんと飯店の建物があるように見える。




(撮影・2013・02・03)
↑ この飯店の前の様子は撮影所のセットではない。建物の前面だけを現地に作ったオープンセットなのだと思う。
百合ケ丘駅バックの記念写真を撮るシーンで、カメラが左にパンすると道路に面した石敷きの敷地の奥に、ちゃんと「駅前大飯店」が建っている。

現在は横浜銀行百合ケ丘支店。これは本物。
駅前大飯店開店部分動画



巡礼メモ 1

この「喜劇 駅前飯店」、ミシェンヌさんが準備段階の脚本をお持ちになっているとのこと。 実際の作品とはセリフや場面が違う部分もあるらしいのだが、その中には店などの場所の設定も書かれてあるという。どのようになっているのだろう。

周(フランキー堺)のオフィス:横浜・伊勢佐木町の裏通り。『服飾公司』と看板の出た婦人服店の上に入っているという設定。
映画では伊勢佐木町の裏通りではないが、それほど距離は違わない。

孫(伴淳三郎)の店『大元』:横浜中華街 横丁とのみの記載。
映画でも横浜中華街内。ただしセット。

徳(森繁久彌)がコック長を務める店『雲燕大飯店』:東京・田村町付近と記載。(現・西新橋付近)。
映画では芝公園にある『留園』。これは画面にも『留園』の看板を写している。

けい子(淡島千景)の『味楽軒』:『三件茶屋付近の通り』と記載。
映画ではセットで、場所についての説明はない。しかし周とお染たちはここから徒歩で千歳船橋駅付近に行っている。しかし千歳船橋駅付近という設定ではないと思う。

金太郎姐さんの置屋『よし金』:渋谷・丸山の花柳街(円山の事だと思う)。
映画ではセット。

伊豆の帰りに周と染ちゃんが立ち寄る牧場:脚本上では『海沿いを行く』という設定になっており、『岬にある休み茶屋』に寄る事になっていて馬に乗る設定無し。
映画では大室山付近。

周が出す飯店の予定地:脚本上では『xx駅前通り』とだけ記されている。
映画では小田急線「百合ヶ丘駅」付近。

などとなっているとのこと。この設定後、撮影可能なロケ地を選んだのだろうと思う。


巡礼メモ 2

映画冒頭近く、周の事務所で洋子(三原葉子)が「ブタブタ子ブタ、お腹がすいた、ブウ」とエースコックのCMソングを歌って生のインスタントラーメンをかじり、お湯でもどさなくても、そのまま食べて美味しいことをアピールしている場面がある。



「ブタブタ子ブタ、お腹がすいた、ブウ」のCMソングが流行したのは、エースコックが1963年に発売した「エースコックの即席ワンタンメン」のCMで使ってからだといわれている。「喜劇 駅前飯店」公開はその前年の1962年だ。映画に登場するラーメンは「ワンタンメン」ではなく「エースコックの即席ラーメン」だ。おそらく「ワンタンメン」の発売以前からこのCMソングは存在したのだが、「ワンタンメン」の発売時にCMを大々的に放送し、流行になったのではないかと思われる。
エースコックは「喜劇 駅前飯店」公開後に「駅前ラーメン」という商品を発売し、フランキー堺をCMに起用している。

しかし気になるのは劇中登場するフランキー堺の「チキンラーメン、生、食べていいか」のセリフだ。
「チキンラーメン」は日清食品の登録商標だ。もちろんエースコックには「チキンラーメン」という商品は無いし、映画に登場しているのは間違いなく「エースコックの即席ラーメン」だ。
フランキー堺が「チキンラーメン」と言っているのは、この手の味付き油揚げ麺のことを、当時はメーカーを問わず「チキンラーメン」と呼んでいたのではないだろうか。
この作品は「エースコック」がタイアップしていると思われる。そこで「チキンラーメン」とは! おおらかな時代だったのだろう。

(協力・原田さん・「1960年代の百合小と百合丘」さん)


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