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江分利満氏の優雅な生活 (1963)監督・岡本喜八


開始より0:07(神奈川県川崎市中原区木月大町)

「グズグズしてるとまた遅刻しますよ」
「洋服どれにしようかな」
「どれにしようかなって二着しかないじゃないの」
「じゃあどっちにしようかな」


本作品「江分利満氏の優雅な生活」は、サントリーの宣伝部員であった山口瞳の同名小説を元にしている。
小説は雑誌「婦人画報」に1961年から1962年にかけて連載されていた。山口瞳がサントリーの宣伝部に在籍中のことだ。
小説「江分利満氏の優雅な生活」は1962年に直木賞を受賞する。
映画「江分利満氏の優雅な生活」は小説の中のエピソードを多く取り入れているが、大きな違いがある。それは映画が小説執筆、直木賞受賞までの経緯をストーリーの柱にしていることだ。小説にはもちろんその経緯は出てこない。だから「原作」と言うのは少し違うかもしれない。



↑ さて、映画のロケシーンは主人公、江分利(小林桂樹)が住む社宅(小説では東西電気(架空)、映画ではサントリー)の俯瞰から始まる。
テラスハウスと呼ばれ、一戸にそれぞれ小さな庭が付いたモダンな住宅だ。二階建の一棟が左右に区切られ、一戸で一、二階の半分づつを使う構造になっている。江分利が住むのは表の砂利道面した1棟の片側。江分利と妻、夏子(新珠三千代)、息子、庄助(矢内茂)、江分利の父親、明治(東野英治郎)が住んでいる。もう片側には江分利と同じ部所である宣伝部に務める辺根とその妻(江原達怡・田村奈巳)が住んでいる。彼らは新婚だ。

江分利宅の室内はセットだろうが、社宅の外観は実際にあったテラスハウスを撮影に使っているように見える。テラスハウス前の道路も同じ場所だ。
ここは何処だったのか。



↑ いちばんの手がかりになりそうに思えたのは、江分利が社宅の前を歩いているシーンに写っている電柱の住所表示。これを撮影用に用意されたものではなく、実物と信じてみることにした。
ところがこれが読めない、充分な鮮明さで写っているのだが、なぜか読めない。「川崎市」とあって、町名の最初の文字は「木」。次の文字は何?「呂?」「尻?」、「別」という字の左側の部分のように見えるが・・。

他の場面で手がかりを探してみる。電柱に貼られた質屋の広告と、停めてある車に書かれているクリーニング店の店名が読めた。それを検索してみると、どちらも現在営業されていて、川崎市中原区木月という場所の近辺にある。
あっ!電柱の住所表示は「木月」と書いてあるんだ!
川崎市に「木月」という地名があることさえ知っていれば簡単に読めたのだろうが。ペンキがかすれていて違う字に見えていた!
(電柱には「川崎市木月大町」。1972年に川崎市は政令指定都市に指定され、区が設けられたので現在は「川崎市中原区木月大町」)


↓ でははたしてその町名の区域に、かつて撮影に使われた建物があったのか。映画冒頭の俯瞰画面のように6棟が並んでいる様子を映画公開と同年、1963年の航空写真から探してみた。するとあったのですね。



↑ 映画のカメラは北から南方面を写している。社宅が写っているその航空写真も分かりやすいように手前(下)が北になるように回転させてある。
さらに画面内に写っている建物の区別がしやすいように色分けしてみた。いくつかの建物の位置関係が一致しているのがよくわかる。カメラはおそらく社宅の後ろに建つ団地形式の建物の屋上に設置されたと思う。

では、ここはもしかして? と考える。これはやはりどこかの社宅のようだが、サントリー? 調べてみたらそうなんですよ。実際に原作者、山口瞳が住んでいた社宅が撮影に使われたんですね。これには驚きました。



開始より0:18(神奈川県川崎市中原区木月大町)

「砂利の多い道を少年が駆けてゆく。日曜日の午後1時を少し廻ったところである。少年は思いつめたような顔で駆けてゆく。右掌の10円玉は汗でびっしょり濡れて匂っている」




(撮影・2015・01・07)

江分利の息子、庄助が砂利道を貸本屋に向かって走って行く。後ろに見えるのが江分利が住む社宅。
ここが何処だか分からなかった数年前、ここを探し出せばもしかしたらこの社宅、まだ残っているかもしれない、と期待していた。しかし探し出してみるとやはり建て替えられていた。砂利道は無理にしても、映画に写っているこの建物、この塀が残っている時に前を歩いてみたかった。



開始より0:39(神奈川県川崎市中原区木月大町)

「そしてまた江分利は颯爽と出かけていく。颯爽? 残念でした。江分利の服装に関するかぎり、戦後はまだ終わっていない」




(撮影・2015・01・07)

↑ 江分利が隣家の辺根と連れ立って出勤する。これは社宅の門を出て、通りの向こう側を見たカット。当時の社宅前は映画画面や航空写真でも分かるとおり、空地のような様子。その中にぽつんと木造アパートが見えるのだが、それが新しく建った建物に囲まれるようにして現在も残っている。
出勤前の江分利がなぜ裸なのか? これはご覧になった方は分かるが、江分利の服装について説明する演出。





(撮影・2015・01・07)

↑ 江分利と辺根が十字路にさしかかる。現在は交通量も増え、信号がある交差点に。





(撮影・2015・01・07)

↑ 十字路を直進する江分利と辺根。これは実際に最寄駅の東急東横線「元住吉駅」に向かう道筋にあたる。 この四角、当時は薬局、たばこ店などが見えるが現在は残っていなかった。








開始より1:10(神奈川県‎川崎市‎中原区‎木月‎2丁目・東急東横線元住吉駅付近‎‎)

「週に一回、父は病院に行く。その日だけ江分利は出勤時間を遅らせて、渋谷まで一緒に行ってタクシーに乗せる。父は江分利の後を追って鼻水たらして歩いてくる」

江分利は父親と共に最寄駅である東急東横線元住吉駅に来る。ここは東横線東側線路沿いの商店街。
江分利の肩の所に「ニッカバー」の看板が見えるが、まずいんじゃないだろうか。





(撮影・2015・01・07)



映画画面の右寄りに酒類・食料品店の看板が写っている。現在もそれが残っている。看板の当時と現在を比較してみた。
看板はブリキで出来ている、現在はすっかりサビてしまい、退色もしてしまっているが、画面に映る当時の看板と考え合わせるとこう読める。
「壜 缶詰品 進物用調製致します 三嶋屋」
そして左上におそらく赤で「のし」の絵が描いてある。





 巡礼メモ

サントリーの宣伝部が編集し発行していたPR雑誌に「洋酒天国」というのがあった。一冊持っていたような気がしたので探してみたら見つかった。
「洋酒天国56号 昭和38年1月31日発行」とある。昭和38年(1963年)といえばたまたま映画「江分利満氏の優雅な生活」公開と同年。小説「江分利満氏の優雅な生活」が直木賞を受賞した翌年だ。山口瞳氏も編集に携われていた時代のものだ。
へえ、と思ってパラパラめくったら、最終ページの隅にこんな記事が載っていた。



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