「東宝映画のロケ地を訪ねる」TOP


喜劇 泥棒大家族 天下を盗る (1972)監督・坪島孝


クレージーシリーズの番外編ともいえる作品が1972年に公開されている(クレージーとはいってもハナ肇、石橋エータローは出演していないが)。それが本作品「喜劇 泥棒大家族 天下を盗る」だ。

福岡県の筑豊炭田。過疎化し住む人も少なくなった村の一角に、豪華な電化製品をズラリと並べた暮らしをする一族がいる。猪狩時之助(植木等)を親分格とする大万引き集団の住処である。



作品にテロップで

「実は、この村はひそかに泥棒村呼ばれ福岡県K村に実在している。村民二百余人は全て血縁で結ばれその前科は〆めて三百九氾、年に二億円の荒稼ぎを誇る日本一の大万引集団なのである。また彼らの言う『ひと航海』華麗なる出稼ぎが開始されたのである」
「この映画は、新聞記事にヒントを得たものですが、内容、人物、団体、地名等はフィクションであり、実在のものとは、一切関係ありません」

と出る。しかしその新聞記事(『こちら特報部・泥棒村潜入記』東京新聞、1971年1月3日〜1月15日に連載)に書かれていたことはもちろん実話で、福岡県に実在した窃盗集団を取材したものなのだそうだ。
実話が元、というのは脚色はされているとはいえ、これまでのクレージー作品とは真逆でこれも面白い。
この窃盗集団については、1966年に結城昌治(推理作家)により『白昼堂々』というタイトルで小説化もされている。


このサイトの読者様から「喜劇 泥棒大家族 天下を盗る」のロケ地が何処なのかを知りたい、とのメールを頂いた。読者様はこの作品にとても興味を持ち、原作にある福岡県の田川郡川崎町まで行ってみたとのこと。しかしロケ地特定には至らなかったそうだ。
作品を見返してみると、確かにどこかの炭鉱跡をロケ地にしてはいるようだが、九州の筑豊炭田と特定できるような明確な材料が映らない。「西鉄」の路線バス(福岡県を中心に運行)が村にやって来るくるくらいのものか。これは難しそうだ。

いつもロケ地を一緒に考えている知人に相談してみた。
その中のHさんは

「この『西鉄バス』は怪しいですよ」と言う。
「中古のバスに塗装したのかも知れませんね。後部の『鉄』の文字が粗い気がします。前面の『方向幕』の文字も手書きですね。それに、1972年にこんな古い型のバスを大手の西鉄が使っていたと思えません。これは確実にこの作品用に作った劇用車だと思います」



なるほど、中古バスを塗装しなおして西鉄バスに見せ、さりげなく福岡県に「見せよう」としているのかもしれない。ということは、ここは福岡県ではないということだ。(考え方がひねくれている?)

ちなみに方向幕に書かれている「河崎経由 前藤寺」は原作(と言っても実話が元だが)にある「川崎町」と、筑豊田川地区(田川市・田川郡)の中心地にしてバスターミナルがあった「後藤寺」のもじりだ。このことによっても、ますますこのバスが映画用に作られたものである疑いが濃くなってきた。(協力:Vさん)

Hさんはさらに決定的なことを見つける。
「劇中『東タクシー』というタクシーが登場するのですが、この会社は茨城県高萩市にあるタクシー会社でした。『東タクシー』の営業エリアは『県北交通圏(日立市・高萩市・北茨城市・常陸太田市・常陸大宮市・城里町・大子町)』となりますので、この圏内のどこかにある「炭鉱跡」ではないでしょうか? 車体のカラーも当時と同じです。屋根についている星形の行灯(あんどん)も同じです。」


↑ 写真上:作品中に登場する「東タクシー」写真下:現在の「東タクシー」

茨城県!
茨城県北部というと、福島県から広がっている常磐炭田の一部だ。撮影地は九州の筑豊炭田ではなく、常磐炭田なのだろうか。
「西鉄バス」も「東タクシー」も福岡ナンバーを付けてはいるが、これはどうにでもなる。

現在は廃坑になっている常磐炭田の設備跡を訪ねたサイトを、いくつかHさんが見つけてきてくれた。その中でも「歩鉄の達人」さんというサイトの中に、茨城県にある「神ノ山鉱」という炭鉱跡を訪ねた記事があり、巨大なコンクリートの建造物が写った写真が掲載されていた。写真使用の許可が頂けたのでここに転載させていただく。

↓ まずは映画からの一場面を見てみよう。背景に二基の巨大なコンクリートの建造物が見える。



↓ そしてこちらが「歩鉄の達人」さんに掲載されている写真。


↑(写真出典・「歩鉄の達人」さん 撮影:2012・03・04)

二基のコンクリートの建造物の形状、配置が一致している。
まず間違いないだろう。映画のロケ地は「茨城県北茨城市関本町八反」に存在した「神ノ山鉱」だ。

この巨大なコンクリートの建造物は何か。これは「貯鉱槽」と呼ばれるものだそうだ、採掘された石炭が上部に貯えられ、引込線により下部に入り込んだ貨車に「ホッパー」と呼ばれる「じょうご」のような装置を使って石炭が落とし込まれる仕組みになっている。

やはりロケ地探索の知り合い、Tさんはこの「神ノ山鉱」が写っている1960年代の航空写真を示してくれた。上記の二基の「貯鉱槽」がはっきり写っている。(「橋」と示してあるのは後述)



↑ これは現在の航空写真。廃鉱になっているので粗方の施設は解体、更地化されているが二基の「貯鉱槽」だけは現在も残っているのが分かる。(2020・Googl Earth)


↓ 映画に登場する炭鉱は、橋を渡ると入り口になっている。映画の冒頭では例の「西鉄バス」が渡った橋だ。これもTさんが特定。






映画を見ていると、福岡県の筑豊炭田だとばかり信じていたのが、実は茨城県の常磐炭田。これだから映画は面白い。
しかし意外なロケ地だと分かり、お尋ねになられた読者様、もしかしたら、がっかりされはしなかっただろうか。
今回は意外なロケ地だったせいもあるのか、特定作業、とても楽しませていただきました。お尋ねいただきありがとうございました。

(協力:原田さん・麻布田能久さん Vさん 写真提供:「歩鉄の達人」さん)


「東宝映画のロケ地を訪ねる」TOP