オートモデリング 1988年4月号
LS 1/32 いすゞボンネットバス


エルエスが昭和の懐かしい商用車、大衆車を1/32で発売しだしたのは、まだ昭和だったのだけれど、その頃でも十分懐かしい車種だった。平成も30年経とうとしている今より身近で懐かしく感じられたと思う。どんな場でその車が活躍したのかがすぐ思い出せるので、ならば情景だということにもなってヒットしたのだと思う。このシリーズは供給元こそエルエスではなくなってしまったが、今でも販売されているのではないだろうか。
未熟な製作なのだが、今読むと、なんか偉そうに書いてるなあと思う。

「風景」
呉交通ボンネットバス
LS 1/32
8月26日(金)
電話にて編集部より依頼。エルエスのボンネットバスだという。正直言って僕にとってまったく未知の分野なので、自信もなく戸惑ったが、口では「あっ、いいですね、ぜひやらせてください」と勝手に言っている。情景にしてくれと言う。操車場がいいとか、屋根付きのターミナル駅がいいとか電話の向こうで言っている。(カンタンに言ってくれるぜ)と心で思いながら、10月4日の締め切りで受注。

8月27日(土)
エルエスのオーナーズクラブ(最近ではこう言う名称がついたシリーズも第1作のダイハツミゼット前期型から10年たつという。当時、軽三輪が3種出た時は驚き、そして喜んだものだ。なぜだろう。それまでモデル化の対象としては考えもつかなかった商用車、大衆車であったからだ。そして1/32というスケールも、1/24とは異次元の世界を築くのに役立っていた気もする。それから次々に思わずニヤッとさせられる好車種が選ばれてゆくが、僕自身の感想を言ば、ポルシェ911が出た時「あれっ、ちよっと方向がちがってきちゃったな」と 思ってしまった。やはり他メーカーが見向きもレない大衆車路線にもどってほしかった。だから本キットが発売された時は「こんなに大きな形でもどってきてくれた」とうれしかった。
まずは資料集め。念のため手持ちの資料をあさってみたが案の定なにもない。 行きつけのKホビーの1氏よバスの記事が出ている某誌を拝借。それから近<の図書館に出かけた。ありました。ボン ネットバスの写真集!それともう1冊、 バスの歴史を書いた本があったので借り出す。



8月31日(水)
バスについてはだいぶ勉強した。のめりこめば、そうとうはまリ込みそうな奥の深さである。路線や運行時刻を調べたリするところは鉄道趣味に近いところもある。
車両については、ボディメー力一なるものが存在する事がわかった。たとえばキットのBXD-30は、動力部やシャシーはいすゞ製だが、客室部分のボディは川崎航空機(現川崎重工)製であり、他のメーカーがボディを架装する場合もある(その場合はもちろん外観上も異なる)。 BXD-30/川崎航空機だけを例にとっても諸々のバリエーションがあり、大きい所ではドア位置(前扉か中央扉か)、シート形態(三方ベンチシートか前向きロマンスシートかあるいはその混合型か)。細かい所では車内のつり皮、綱棚などの有無、外装ではベンチレーター形状、ワイパー形状、後部および左側面の方向幕の有無、屋根前後端のかざリ燈の有無などなど切リがないし、さらに年式が加わるのでひとすじなわではいかない。 何よリもまず製作するバス会社を早く特定したい。エルエスからは現在(8月 末)3タイプが発売されておリ、最初に出た千曲バスが前扉、全ロマンスシート仕様で、その後の三重交通、呉市交通局 はどちらも中央扉、ベンチシート、口マンスシート混合型である。そしてこの3タイプのどれもが路線バスから退役後に 現在観光用に使用されているタイプである。だから現代風のハデな塗装のものもあるが、その中では唯一、呉市交通局仕様が、昭和58年まで路線バスとレて活躍していた当時と同じ塗装なので、どうしても路線バス当時を再現したい僕としては当然それに決定する(注:その後、四国交通、北海道中央バスの2タイプが加わり、現在5タイプ)。
バスというものは運行会社の要望によリ、装備などの仕様を受注生産するものであろうから、会社ごとに異なるバリエーションだと言ってもよい。だから細部にこだわれば前述のようなさまざまな部分で異なる箇所も出てくる。しかし42年式のBXD-30で、川崎航空機製の前、あるいは中央扉タイプであればよしとし、なるべく多くのキットを発売しようとするエルエスの判断は適切であると思う。たぶんそういう理由で、ボンネットバスプームの火つけ役であった有名な東海バスの2台ある踊り子号は、BXD-30であリながら40年式のフロントマスクを持つのと、ボディメーカーが異なるのとで発売されていない。


9月2日(金)
いよいよ製作にとリかかる。バス本体を9月10日までに。ベース及びストラクチュアを20日までに。そしてフィギュアを30日までにと大ざっばな計画を立てた。
キットを組み始めて気がついた事は、エルエスというメーカーが、イージーアセンプルという事に気をつかいすぎるほどにこだわっている事だ。まずこのキットはスナップ・キットである。もうひとつは複雑なバスの塗装を全てモールド色 とデカールで解決しようとしている。しかし、このデカールを曲面の多いバスのボディに完壁に貼るのは至難の技だろう。でもこの事を批判する気にはどうしてもなれない。それはイージーアセンプルに 積極的にとりくんでいるエルエスに共感をしてしまうからだ。
良いキットとは何だろう。形が正確でシャープなモールドも言うにおよばないが、何よリ大切なのはメーカーの思い入れが感じられ、手を入れれば入れるだけ それに応えてくれる素性の良さを持ち、そして作りやす<なければならない。まさに工ルエスのこのシリーズは、それらを高い次元でバランスさせていると言える。誰にでも作れる事は大切な事である。 誤解を恐れずに言えば、プラモは本来、子供の趣味であっていいと思う。それを素材にして大人の趣味にまで高めるのはモデラーの役目である。だいいちマニアといわれる人が、マニア向けとしてお膳立てされたキットをそのまま組むなんてしないと思うし、もしするとしたら情ないではありませんか。

9月9日(金)
まだバスの完成にはほど遠い。室内とシャーシーができただけだ。自動車モデルは、ころがして遊ぶのでなければ、タイヤは固定してしまったほうがよい。ゴロゴロ、ガッシャンを防ぐためだ。
ボディをかぶせてみて窓から車内をのぞきこんでみると、なかなか気分がでている。注意しなければならないのは、天井から光が透けてしまうので、ボディ内側から隠蔽力が強いカラー(黒、銀、サーフェイサーなど)で下塗リしておくと良い。
窓ガラスの透明度は大変良いが、作例では所々窓を開けた状態にしたかったので、透明プラ板で作リかえた。外光をキラリと反射させる平面性の良さは、やはり透明プラ板や塩ビ板に分があるようだ。


9月12日(日)
やっとボディ塗装に入る。呉市交通局バスのカラー写真があったので、それを参考に調合してみたが、広島地方のみなさん、どうですか?感じ出てますか?

9月15日(木)
ボディにスジ彫リをし、リベットを打つ。ピンバイスに木綿針を<わえさせたのを使用。そして白塗装部には黒、紺色塗装部にはバフでスミ入れをしてみる。このへんは飛行機モデルの気分だ。

9月19日(月)
細部工作。屋根前端の3つ並んだかざリ燈が、型ヌキの関係で 前後がブッツリ切れた円筒形になってしまっているので、プラ棒を削り出して流線形のライトを作ってやる。その他ワイパーやフェンダーミラーステイを細く作り直す。あと2週間。




9月21日(水)
バス完成。現在のリアエンジン、キャブオーバー・タイプなど 足もとにもおよばない堂之たる風格である。ほのぼのとしたボンネットバスのはずなのに、一種のスゴミさえ感じさせる。
情景の設定はバスを作リながら固った。まずバスの塗装と年代から昭和40年代の 広島県呉市。情景の左半分は、実はオートモデリンクVol.1で使用済みのものである。その続編として右半分を今回作る。そのほうが短時間でデカイのができる(あたりまえだ)。そこには郊外などでよく見かける雑貨店兼、食料品店兼、たばこ屋があリ、バス停がある。回送中のバスがそこに停車し、運転手と車掌が外に出て、行きつけのその雑貨店のおばさんと立ち 話をしながらコーラでも飲んでいるという設定である。

9月22日(木)
今回の情景には実験的に、写真、カラーコピー、印刷物からの切リぬきを多用している。ブリキカンバン、トタン板、ビ二ールのれん、たばこ売リ場のカンバン、タイル、ベンチの広告等がそれである。ま、邪道といえば邪道で、インチキといえばインチキであるが、情景を写真に撮った時の効果には絶大なものがある。
この切リぬいて使う写真のために、カメラとメジャーを持ってニ度、取材に出かけたが、こそこそとわけのわからない写真を撮っている時ははずかしかった。
ストラクチュアは電卓片手の作業である。実際の寸法÷32で作っていく。木部は角材と、STウッド(商品名:エコーモデル製、桐の薄板で紙をサンドイッチした0.3mm厚の板)を多用している。塗装は木製帆船用のステインを使用し、木目を生かしながらしみ込ませるように着色するが、手に入りに<い時はプラ用の茶系カラーをシンナーでごく薄くといたものでも代用できる。

9月28日(水)
フィギュア断念。ベースと小物作リに専念する。あと5日。

10月3日(月)
とりあえず「情景」は完成した。原稿もあと数行を残すのみである。 情景というにはフィギュアもいないし、ドラマが稀薄なので、単なるベースと呼んだほうがいいかもしれない。でも、この情景の写真を読者の方々に見ていた だいて、1/32に縮小された物質の中に人 間の生活を感じてくれたら、バスのドアからニキビ面の高校生が降リたったり、 雑貨店のガラス戸が開いて、中からカッポウ着姿のおばさんが出てきそうな幻想を感じてくれたらいいのになあ、などと思ってみたりした。


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